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不動はひとからなにかしらをあたえられることをひどくこばんだ。周囲にかべをはりめぐらせる分、おれにたいしてはえんりょなくわがままのような要求をとおしていた不動だが、それでもかたちあるものを欲したことはなかったし、きっとどれだけこちらが望もうと、それらをうけとることはなかったのだろう。

冷蔵庫にバターがない。それは土曜日の晩の大問題だった。これではパンケーキがつくれない。すっかり習慣づいてしまったもので、パンケーキのない日曜日の朝なんてありえない、といつのまにかおれはかんがえるようになっていた。かべにかかっているとけいは午後九時すぎをさしている。きんじょのスーパーはしまっているが、まだ大丈夫だ。すこしとおくのコンビニは一日中あいている。おれは皿を洗うのをそうそうにきりあげて、財布をズボンのポケットにねじこみ、コートをはおった。真冬ではないのだから、マフラーはつけなかったが、手袋ははめた。不動に一声かけてからでかけようとおもったら、不動のほうから声をかけてきた。お前どっか行くのかよ。ああすこしあそこのコンビニまで、バターをきらしていたんだ。ふーん。それでおわりかとおもったら、不動が予想外のことをいってきた。俺も行く。あまりそとへでたがらない不動のその言葉におれはないしんひどくおどろいたが、まあそういうこともあるかとおもって、あまり気にはしなかった。
不動とつれだってでたそとは、はいた息がしろくなるていどにはさむかった。おれも不動もなにもしゃべらないまま二十分ほどかけて片道をあるいて、コンビニでバターを買った。さいごのひとつだった。ついでに牛乳とたまごも買って、無言のまま来た道をひきかえす。
レジ袋をうけとったのが不動だったから、そのまま不動が荷物もちをしている。いまさらおれがもつとはいいづらいし、でもおれが買いにきたんだからおれがもつべきだろうとおもって、さっきから不動の手元ばかりみている。街灯のしたをとおったときに、袋をにぎる手が赤くなっているのがみえて、なんだかおちつかないような気になった。
一度あまりに不動がさむそうだったから、手袋をおくろうとしたことがある。すすめてもなかなか買おうとしないからだ。しかしそれは結局失敗におわってしまって、いらいおれは不動になにかおくろうとするのをあきらめた。んなもんてめーの使うからいらねーよ、といっても、今ここで手袋をわたしたって絶対に不動はつけないのだ。
街灯のひかりからぬけだしても、おれの脳裏にはちらちらと、それがはりついてはなれない。さむそうな手だ。その手をあたためてやるすべを、おれはもたない。手袋をぬいで、手をにぎってやればいいんだろう。でもそんなことをするのはおかしい。夜道だから誰もいないが、そういうもんだいでもないのだ。おれも不動も男だし、そもそも恋人なんかじゃない。友人として、そうする権利を心底ほしいとおもいながら、おれはさいごまでなにもできないままだった。

不動がなにも欲しなかったので、おれはなにもあたえなかった。そう表現すればなんだがえらそうにきこえるが、つまり不動は意図してじぶんのこんせきをのこさなかったのだ。慎重で用心深いそのおかげで、おれはすがりつけるものをなにひとつもっていないことに、おわってはじめて気がついた。なにもない、手袋ひとつだって。たぶん不動のもくろみどおりになったんだろう。うらぎられたような気がして、めのまえがまっくらになって、おれは不動を糾弾した。まったくひどい話じゃないか。それが不動のさいごのわがままでやさしさだったということに、本当は気づいていたけれど。


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