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不動は趣味のすくないにんげんだったが、音楽の趣味だけは、ふしぎとおれといっちした。おれはどちらかというとしずかな曲がすきだ。不動も、一見はげしいロックやさわがしいラップなどがすきそうにみえるが、じつはおれとおなじくしずかな曲をこのむ。不動はじぶんのオーディオをもっていなかったから、おれと共有していた、そのせいもあるのかもしれない。

不動はどうやら、ここしばらく、ねていないらしかった。なんでもないふうをよそおっているが、目のしたにくっきりと浮きでた隈は、ぜんぜんかくしきれていない。あしどりだってこころなしかふらふらして、さだまっていないかった。なにかあったのか、ときくと決まって、なんでもねーよバーカ、と例のごとくちからのはいっていないこぶしで頭をこづかれてしまうから、おれはどうすればいいのやら、右往左往するばかりだった。
おれは決心した。なにがなんでも不動のねぶそくの原因をつきとめて、かいけつしてやるのだ。おせっかいだろうが、友人として、不動の不健康をみのがすわけにはいかない。しかしこれはなかなかむずかしいことだった。昼間おれがいないあいだに不動がなにをしているのか、おれはさっぱりしらなかったし、プライベートにがさがさとさぐりをいれるのは気がひけた。友人といったってしょせん他人で、でもやっぱり友人で。どこまでならふみこんでもゆるされるのか、わからない。境界はひどくあいまいで、ぐにゃぐにゃとねじくれている。三日三晩ぐるぐるとなやんで、ぎゃくに不動にしんぱいされてしまった。おれはなにをやっているんだ、まったく。だめだめだ。なやむのはにあわないんだから、もう正面からぶつかるしかない。ぐっすりねむった四日目、作戦のけっこうは五日目の晩にきめた。
作戦なんていっても、ほとんどなにもかんがえていないにひとしかった。夜おそく、不動が部屋にひっこんでから、おれはホットミルクをつくった。ハチミツをたらしたあまいのだ。しろいゆげをたてるマグカップを左手に、おれはしずかに、ひんやりしたろうかをあるいた。不動の部屋のドアのまえですこし深呼吸をして、ひかえめにノックする。へんじはなかった。はいるぞ。これもへんじはなかったが、おれは気にせずはいることにした。不動がきちんとねむっていればそれでいいのだ。
部屋のなかはくらかった。でんきがつけられていない。なら不動はねているのだろうか。ほそく開けたままのドアからさしこむひかりをたよりにベッドのほうをうかがって、おもわずおれはホットミルクをおとしそうになってしまった。不動は、ねているにはねていた。が、その目はぱっちり開いていて、おれの背後からのひかりをうけて、くらやみのなかで、爛々とかがやいていた。びっくりした、まさか目を開けたままねむっているのだろうか。不動。へんじがもらえるかすこしどきどきしながら問いかけると、なんだよ源田ア、不動はむくりとベッドから半身をおこした。おきていたようだ。ほっと息をついていると、不動は部屋のでんきをぱちりとつけて、オラ入ってこいよ、といった。やっぱりろうかはひんやりしていたから、ありがたくはいって、てぢかな机にとりあえずと、マグカップをおいた。これでもうおとすこともない。そのままいすをベッドのほうにむけて座った。不動はおれがかんたんには帰らないことをさとったのか、ベッドのうえであぐらをかいている。
ねむらないのか。別に、もう寝るつもりだったし。そうはいっても、ここしばらくねていないだろう。うるせーな。不動、。…………。…………。…………。…………。……寝るつもりがなかったわけじゃねーよ、さっきまでだって寝るつもりだったしな。そうなのか。ま、結局無理だったけどよぉ。
根まけした不動がぽつぽつとしゃべるのを、おれはじっと聞いていた。それによると、不動はたしかにねぶそくなのだが、おれがおもったように、なにかはっきりと原因があるわけではないらしかった。ベッドにはいって、かけぶとんをかぶって、ねむれない。それはたしかにやっかいだ。だから俺も困ってんの、と不動はあぐらにほおづえをついた。おれもすっかりこまってしまって、とにかくホットミルクをわたしてから、さて、どうしようか。不動はあまいあまいといいながら、ホットミルクをのんでいる。
すっかり思考にしずみこんでいると、ふいにカタンと音がした。みれば、不動がマグカップを机におく音だ。すっかりからっぽになったそれをみていると、おれのしせんのさきに、不動がするりとすべりこんできた。いいこと思い付いた、とくちびるのはしがめくれあがっている。不動がこういうひょうじょうをするのはだいたいやっかいななにかをたくらんでいるときだ。おれはみがまえた。源田ァ、おまえちょっと歌えよ。そらきた。うたうってなんだ、どういうことだ。きいたら、不動はおれに子守唄がわりになにかをうたってほしいらしかった。不動はにやにやしている、かんぜんにわるふざけのかおだ。おれはじまんじゃないが、あまりうたがとくいではない。それでも、おまえの歌聞いたら寝れそうな気がする、とかいわれたらなんであれ、うたわないわけにはいかないだろう。
かけぶとんにふたたびもぐりこんだ不動が、はやくしろとさいそくした。おれはほんのちょっとふかいこきゅうをしてから、かくごをきめた。人前でうたうなんていつぶりだろう。
さいしょの一音は、おもったよりもひくくでた。あわててそれをなおしたら、二音めはたかかった。よふけに近所めいわくだから、こえをちいさくした三音めはなかなかうまくいったとおもう。そんなふうに、おれのうたはふらふらとはじまった。うたいながらだんだんとおちついてきたのは、たぶん歌詞が日本語じゃなかったからだ。音としてとらえれば、うたっていてもはずかしくないような気がした。

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さいごまでうたいきって、ほっとむねをなでおろす。とちゅうなんどか歌詞があいまいだったが、なんとかうたいきった。肩の荷がおりたような気分だ。うたってるあいだはなんともなかったが、やっぱりうたいおわるとはずかしさがこみあげてくる。不動がなにかいってくるにちがいない。それでしばらくまっていたが、おかしい。不動がなにもしゃべらないのだ。これは、もしかして。そうおもって、不動の顔をのぞきこむと、案の定だった。ねむっている。つまりおれの子守唄は大成功だったというわけだ。
そこからねむけにさそわれたおれはしずかに不動の部屋をたちさった。正直ねむくてもうそこからはなにをどうしたかよくおぼえていない。ただ次の日、昼ごろにおきだした不動はすっきりした顔をしていたから、おれはひどく安堵した。

そうしてすこしずつ、なにもかもがやわらかく、はしの方からくずれていく。雪解けよりもずっとしずかなそれに、うといおれはなにも気付かなかったし、気付けなかった。ばか、まぬけ!。そんなおれにかけられるべき冗談半分の罵倒は、聞かなくなってすでにひさしい。


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