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不動はあまり外食がすきではなかった。外食だけでなくて、できあいのたべもの、たとえばスーパーの惣菜とか、コンビニの弁当はだいきらいだった。それをちょくせつ本人の口からきいたことはないが、みていたらわかる。基本的におれは自炊をするけれど、めんどうになって、そういったものですませてしまうこともおおい。不動はおれの買ってかえったものに文句をつけることはけっしてしなかったが、手を洗ってそれをたべるとき、目はまったくわらっていなかった。ことば数もすくなくて、むかいあってすわるおれとも会話をしないで、無表情に、もくもくとたべていた。おれはそういうことがあるたびに、ちくちくとフォークで刺されたみたいに、胸のおくの良心みたいなのがいたくなって、いつもいつももう買ってくるのはよそう、とおもうのだけど、やっぱりついつい夕方のタイムセールで、やすくててがるなそれを買ってきてしまうのだ。不動がやめろとか言ったわけではなかったから、ほんらいならおれが良心をいためるのもおかしなはなしなのだが、でも、ものをたべるって、もっとしあわせなことだろう。ひどくさめた目をした不動が、おれはとてつもなくかなしかった。

日曜日、不動の朝は遅い。おれもそんなにはやくはないが、それでも不動にくらべれば多少ははやい。顔を洗ったり服をきがえたり、てきとうに朝のしたくをする。それから台所にたって、冷蔵庫からたまごとかバターとかをとりだして、電子レンジに入れたり、かきまぜたり、こむぎこをふるいにかける。小包装のベーキングパウダーはとてもべんりだ。ざいりょうはだいたいどれも目分量。なまけているわけじゃない。なんかいもなんかいもつくったから、からだが覚えてしまったのだ。つくったタネをしばらくおいておいて、そのすきに新聞をとりにいくとか、洗濯機をまわすとか、こまかいことをおわらせる。そうしておくとあとあと楽だ。きちんと手を洗って、台所にまいもどる。フライパンにさっとバターをすべらせて、火にかける。お玉ですくったタネをとろりとおとす。バターのあまいようなしょっぱいようなかおりがふわりとひろがって、おれのいぶくろはぎゅうぎゅうと文句をいった。くちのなかに唾液がじわりとにじんだ。まだがまん。両面がきれいなきつね色にやけたら、しろい平皿にもって、食卓にはこぶ。今日のパンケーキもかいしんのできだ。さいしょのころはきつね色がぺっしゃんこになってしまって、困ったものだった。見た目がきれいでも、なかみがなまやけだったり、ぎゃくにやきすぎだったりもした。じぶんのせいちょうにほんのすこし感動していると、オイ、おせーよ。不動の声がした。おれはこれに、いつもいつも、心底おどろいてしまう。いつのまにか、不動がいた。不動はふらりとおきだしてきて、おれが気がつかないうちに、食卓のいすにすわっている。どれだけおれはパンケーキをやくのに夢中になっているのだ。まえの日曜日もおなじじかんにおなじことを考えたなあ。フォークとナイフをそえて皿をおくと、不動は食卓においてあったのこりすくないはちみつを、なんとかしぼってそれにかけた。容器がぐしゃりとゆがむ。あたらしく買ったほうがいいな。おれは不動のむかいのいすをひいて、腰をおろした。じぶんのぶんはもうすこししたらつくろう。不動ははやくも皿いっぱいのパンケーキを八等分にきりわけていた。そのうちのひとつをむぞうさにフォークでつきさして、皿におちたはちみつをふきとり、くちにはこぶ。なんかい経験しても、このしゅんかんは緊張してしまう。おれの手をはなれたそのパンケーキは、はたして本当においしくできているのだろうか。しかしそんなおれのかすかなふあんにはんして、不動のめもとが、ほんのすこしゆるんだ。ああ。
うまい。なにをたべてもひどくつまらなさそうな顔をする不動が、おれのつくった料理をたべたときだけ、ちいさな声でつぶやくのだ。もそもそと咀嚼しながら、目をほそめて、本当に耳をすまさなければ聞こえない。けれどもそれは、おれのちいさな自尊心をくすぐるにはじゅうぶんで、ひそかな誇りでもあった。おれのつくったものよりおいしいコンビニの弁当とか、スーパーの惣菜なんて、そこらじゅうにありふれている。おれは料理がものすごくとくいというわけじゃないし、パンケーキはそれなりにじしんがあるけれど、それでもまだまだだ。ときどきあたらしい料理にちょうせんしようとして、失敗したものをふたりでたべることだってある。けれどそんなときだって不動は、まずいまずいと言いながら、さいごにはやっぱりちいさな声で、うまかった、ごちそーさん、とわらうのだ。不動は今更おれに気をつかったりなんてしないから、そのせりふは嘘じゃない。おれの料理が不動にとってほんのすこしとくべつなら、それは、とてもうれしいことだ。

今おもえば、べつにおれの手づくりである必要はなかったのかもしれない。不動は不動のためにつくられた料理ならなんでもよくて、かりにおれじゃないだれかがその役目をになっても、不動はすこしもこまらなかったのかもしれない。でもだからこそ、おれに不動がいて、不動におれがいたその奇跡を、感謝せずにはいられなかった。


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