いいこの末路(inzm) | ナノ






風介は頭がおかしい。ぱっと見たところ全く変わったところはないが、風介は真性頭がおかしいということを俺は知っている。この事実を知ってる奴は極少数だ。精々数えて俺とヒロトとあとほんの少し。それ以外は、ダイヤモンドダストのメンバーだった奴らでさえも知らない。あいつらは風介の盲目的な信者だった。

それはそうと、少し前から風介の両足は包帯でぐるぐる巻きだ。この俺が直々に巻いてやっている。この包帯というのは、風介がまたもや馬鹿をやった結果だ。真夏に散歩先で靴を捨ててくるなんて、どう考えても正気じゃない。あいつが意味不明な行動にでるのは今更で、最早驚きもしない。が、さすがにここまで馬鹿な行動に出るとは思っていなかった。しかも足の裏に火傷して水ぶくれまみれでついでに切り傷までこさえてきたくせに、あいつは頓着しない。なんの配慮もなくずかずか歩くから、怪我は酷くなる一方だ。見兼ねた俺が無理矢理足に包帯を巻いた。風介はそれを黙って受け入れた。面倒臭いが仕方ない。今では朝起きて俺が包帯を巻いてやるのが、日常の一部になりつつある。

そんなある日、俺が買い物から帰って来たときのことだ。鍵を開けて玄関で靴を脱いでいたら、部屋の奥からどうにも異臭が漂ってくる。嫌な臭いだ。心持ち早足でリビングに行くと、原因はすぐにわかった。風介だ。ソファに腰掛けたあいつは、その原因を大事そうに抱えこんでいた。またか。

「おかえり晴矢」
「……おい風介、お前なに部屋に持って入ってんだよ。」
「なにって、」

猫。風介はきゅうと目を細めて穏やかに微笑んだ。普段の無感動で無関心な無表情からは考えられない顔だ。その手はボサボサでどろどろの毛の塊、あらため猫を優しく撫でている。夢見るようなうっとりした手つきだ。度々こういうことがある。

「晴矢、この猫、」
「駄目だ。動物は持って帰ってくんなって言っただろ。」
「けど」
「駄、目、だ。」

きっぱり断言すると風介は微かに傷付いた顔をした。いつも変わらない鉄面皮に、こういうときばかり人間らしい表情を浮かべる。図太いくせに繊細なこいつが憎たらしい。風介はその硝子玉みたいな目で俺をじっと見つめてきた。信者のやつらが、神秘的とか無垢とか言って崇め奉る眼差しだ。仕方がないから、俺は既に用意してあった譲歩の言葉を口にすることにした。何度も繰り返したやりとりだ。強行突破すると風介は拗ねて後々面倒臭いということを、俺は既に初めの一回で学んでいる。しかし俺が妥協案を提案するより早く、風介は駄々をこねる様に口を開いた。

「でも晴矢、君は以前、こどもの猫は餌代がたくさんかかるから駄目、おとなの猫は世話が大変だから駄目、ふとった猫は大抵飼い猫だから駄目、やせた猫は毛がばらばら散らばるから駄目だと言っただろう。ならこの猫ならいいじゃないか。今度は一体何が駄目なんだ。この猫は汚れてるから多分飼い猫じゃないし、さっきハムをやったけれど食べなかったから多分餌代もかからないし、全然動き回ったりしないから毛だってそこらに散らからないし、わたしの部屋につれていくから晴矢は世話をしなくていい。それでもいけないのか。晴矢は何が気に入らないの。」

風介はつらつらと一気に喋って、苛ついたようにどろどろの手で髪の毛をガシガシと引っ張った。風介の顔には数瞬前までの陶酔したような表情は既にない。風介は激情家だ。猫を撫でて汚れた手そのままで髪を触るものだから、風介の色素の薄い髪までべったりと汚れてしまった。赤黒いそれは、本当は泥じゃない。

「わたしにはわからないよ」

風介は本当にわからないのだ。何故なら風介は頭がおかしいからだ。風介は今パニックになっている。視線をうろうろさ迷わせ、少しつつけば爆発しそうだ。言おうとしていた言葉を引っ込めて、俺は迷子になった風介の手をひいてやることにした。

「俺実は猫嫌いなんだよ。」
「嘘だ。」
「嘘じゃない。」
「嘘だ、晴矢は猫が大好きだと言っていた。わたしは覚えているよ。お日様園で、黒と白のぶち猫を見てそう言っていたじゃないか。」
「それは大昔の話だろ?今は嫌いなんだよ。猫なんて大っ嫌いだ。」
「……そうなのか?」
「ああ。」
「本当に?」
「ああ。」
「本当の本当にか?」
「俺は嘘つかねーよ。」
「……なんだ、そうだったのか。」
「だからよ風介、その猫は俺が責任を持って別の、俺達以外の飼い主見つけてくるからさ。もう外に連れてっていいよな?」
「晴矢が猫嫌いなら構わない。」
「おう、どーも。」

風介は大事そうに抱えていた猫、あらため猫の死骸を、俺にそっと引き渡した。俺はうやうやしくそれを受けとって見せた。風介は頭がおかしい。どこがどう、とは言えないが、もしかしたら生と死の概念が常人とまったく違うのかもしれない。誰だって死体は動かないことを知っているが、風介はわかっているのかいないのか。いや、殺すとか死ねとか言うからわかっているはず。風介の言動は矛盾している。考えれば考えるほどわからない。風介は猫の死骸を持ってきては飼いたいと言う。風介にそれは死んでるとか説明しても無駄だ。どんなに力説しようがさっぱり理解されない。へえ死んでるんだ。で?あるいは、ああそうだこれは死んでいる。だから?まあどちらにせよ部屋で動物は飼えないのだから、俺はいちいち無駄な労力を使わない。もっともらしい言葉でそれが飼えない理由をでっちあげてしまえば、風介は大概諦める。けれど。

俺は適当に見繕った捨ててもいいタオルで死骸を包んだ。猫触ったんなら風呂入って髪と体洗っとけよ、と風介に言い残して家をでる。あまり人通りがないところだからそう用心しなくてもいいが、気は抜けない。誰かに見られたら面倒だ。服に血が付かないようにしながら、近くの雑木林へ向かう。勿論埋めるためだ。埋めてしまえば万が一にも風介が見つけてしまう可能性がない。ごみ箱に棄てないのはそういうわけだ。

あーあ。俺は嘆息した。
風介は確かに諦めたけれど、これで次から猫を見かけても、撫でにいくことができなくなってしまった。『南雲晴矢』は猫が嫌いだからだ。あーあーあ。かわいいのにな、猫。




続・頭がおかしい人
2010.10.09




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