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とんでもなくついていない。私が朝食兼昼食にしようと近くのハンバーガー店に入ったら、ばったり彼に遭遇してしまった。皆のヒーロー、スプレンディド君。私は彼がどうしようもなく苦手である。嫌いだと言ってもいい。兎に角、私がこの町で一番か二番に関わり合いたくないのが彼なのだが(ちなみにはっきり一番だと断定出来ないのは単にこの街に友人関係を持ちたくない奇人変人が多くその優劣をつけるに困るからであり彼が最もそうである内の一人だということに全く変わりはない)、向こうは私に好意を抱いているのかはたまた元々の性格がそうなのか(おそらく後者)しばしば私に親しい隣人としての態度を求めてくるときがある。まさに今日この瞬間がそうだ。ハンバーガー店内で顔を付き合わせた途端に彼は顔面に一般的には爽やかであると言われるような笑みを張り付けずんずんとこちらへ近寄って来た。回避しようと身体を捩るも結局叶わず、無遠慮に腕を掴まれ相席を強制されてしまったのである。ついていない。落ち着いて飯を食うという目的が達成されないことが確定した私は、腹いせに注文のため席を立ったヒーローにチーズバーガーとコーヒーという台詞をぶつけてやった。せめてもの嫌がらせであったが、空気の読めない自称ヒーロー君にはまったくの空振りだったようだ。そのしたり顔が腹立たしい。チーズバーガーとコーヒーだね、わかったよ、なんて言って買いに行ってしまった。苛々する。
程なくして戻ってきたヒーローはトレーを一つしか持っていなかった。君は何も食べないのかいと聞きかけて、結局やめた。トレーには頼んだ覚えのないカップが乗っている。これが彼の目的であることは明白だ。蓋がされて中身は見えないが、サイズ的におそらくシェイクの類だろう。味は知らん。いやいや、私は滅多にこういうファストフードは食べないのだけどね、なんとなくこういうチープで薄っぺらい味が無性に恋しくなるときってあるじゃないか。私の主食が酷い言われようである。その無性が何も今日この時間でなくても良かったろうに、私はどこまで天に見放されているのだろうか。
一旦食べ始めたら私に話すことはないし、彼も黙ってシェイクを飲みはじめた。と、ここまでは良かったのだが、ヒーローはストローを口に銜えながら、こちらをじっと注視しているのだから堪らない。大口で齧じり取った澱粉と脂質と蛋白質が口内でごろごろしている。私はその視線に座りの悪さを覚え、そんな自分に憤り、その一人相撲に若干虚しくなりながら朝食兼昼食を補給した。職業柄早飯は得意である。丁度中身の無くなった包装紙を握り潰したところで、頬杖をついていたヒーローはストローを離した。
「軍人君、これは今日が特別な日だから言うのだけどね、」
シェイクを飲みきって何処かへ行ってくれるのを一瞬期待した私は落胆した。彼はまだ会話を続けるつもりのようだ。さっさとコーヒーを飲みきって席を立ってしまおう。
「特別っていうのは、何を隠そう今日は一万回目の今日だからさ、せっかくだから君の意見を聞こうと思って。」
意見を聞くとは。おおよそヒーローである彼の口からは出そうにない言葉である。本来ならば万人の声に耳を傾けるというその態度は当たり前も当たり前なのだろうが、彼に限ってそれはない。天上天下唯我独尊独善的傲慢押し付けがましい、そういう類の言葉の似合う男だ。しかし一万回目というのは何事だろう。生まれて一万日目とかなら腹を抱えて笑ってやる。年齢不詳な彼だから不自然ではないのだが。
「軍人君、明日地球は滅亡するよ。」
生憎、口に含んだコーヒーを吹き出してやるような可愛いげは持ち合わせていない。そういう反応を求められていたのなら、残念でしたと舌を出してやれる。
「それはそれは、結構切実な話じゃないか。君は病院に行った方がいいようだ。なんなら私が通院している所を紹介してやる、今すぐ行きたまえ。」
「ああ軍人君、君の好意は有り難いのだけれどね、残念ながら私は健康そのものなのさ。身体の何処にだって不備はないよ。怪我もしていないし、病気だってしていない。」
「首から上が随分と重傷じゃないか。」
「いやだな軍人君、この赤いのはマスクであって、血なんかじゃないんだよ?」
「その異常な装飾の話はしていない。」
「ならなんの問題もないね。」
そう言ってヒーローはぎしりと椅子に深く座り直した。
「さて、どこまで話したっけ。ああそうそう、明日で地球は滅亡するんだ。これはもう仕方がないことなんだよ。人間の所為とかなんとか、おおよそ映画で語られるようなフィクションとは訳が違ってね。特筆すべきことが何もないような、なんの変哲もないよく晴れた日、理不尽に終焉はやって来てしまうんだよ。予測なんて出来やしない。あるときは何故か事前に観測出来ていなかった木星サイズの隕石が激突したし、またあるときは突然地面が裂けてマグマが噴き出したし、あとは大地震から始まった急激な地殻変動とか海が沸騰とか逆に大陸が氷漬けとか、とにかく思い付く限りのいろんなことが起こったよ。どんな強運の持ち主だろうが逃げ場はないし、スニッフルズ君の宇宙船はイカロスの翼よろしく溶けて、地球とおさらばするより先にこの世とおさらばさ。明日の日付が変わる頃には、すっかり地球はただの土塊になっているんだ。形が残ってるならね。」
当の私はというと、すっかりさっぱり興味がない。(おそらく)とっくの昔に成人している(であろう)男の妄言などに需要があればそれこそ驚きである。これが可愛らしい少女が一生懸命言っているのならばまだ可愛いげもあるし、真剣に耳を傾けてその不安を取り除いてやる気にもなれるのだ。例えばフレイキーとか。ちなみにただの例示であって深い意味はない。
そう考えると、この空色の髪の毛がもさもさと鬱陶しい男と相席してバーガーを食べコーヒーを啜っていたのが、酷い時間の浪費であると今更ながらに自覚出来た。時は金なり。いや金以上に貴重なものである。私は空のカップの中に適当に紙屑を詰め席を立った。思えばもっと早くこうしていれば良かったのだ。ヒーローはガラス張りの壁から外を見ている。物思いに耽っているように見せ掛けて頭は間違いなく空っぽだ。引き留める気配すらないのが悔しくないとも言い切れない自分も大概なのだが。
「だいたい君は何をぐちゃぐちゃ言っているのか知らないが、ヒーローを自称するくらいなら、四の五の言わずに地球の一つや二つ救ってみたまえ。」
厭味など効くタマではないと先程からまざまざ見せつけられていたのだが、何故だか最後に見えたヒーローは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていたので、若干溜飲が下がった私はそのままダストシュートに屑を突っ込んで出て行った。フレイキーに会いに行こうと、私の頭はそればかりだったので、つまりその後の彼の独り言の内容など知る由もないのである。

「意外だなあ、てっきり軍人君のことだから、もう世界なんて存続して欲しくないのかと思っていたよ。今日と明日を繰り返す限り、君は何度でも友達を殺してしまうんだからさ。私的にも地球がクリプトナッツの墓標となるのなら、もう今回は時間をわざわざ巻き戻してあげなくてもいいかなあと思ったんだけど。正直そろそろ飽きてきちゃったし。まあ軍人君がそれを望むなら、仕方ないからまた明日もヒーローしてあげるよ。九千九百九十九回やって来たんだ、今更一万回も一緒だからね。」



明後日のない未来
2011.03.08




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