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「ランピー、俺はもう行くよ」

ラッセルは言った。行くって一体どこに行くんだろう。朝早くにたたき起こされて眠いなあと思っていたら手を引かれて、いつの間にか海岸に僕らは二人立っていた。人口の決して多くはないこの街の海岸は、いつ来てもガラガラだ。それにしても今日は天気がいい。空が青くって雲ひとつない。こんな日は砂浜にパラソルで日陰を作って、よく冷えたビールがのみたくなる。

「ランピー」

いまいち目覚めきっていない頭でぼーっとしていたら、ラッセルはどこから引っ張ってきたのか、小振りな漁船みたいな船に乗り込んで、船上から話し掛けてきた。白くてツルリとしたカッコイイ船に、手作り感ただよう黒い旗がさしてある。そういえばラッセルは海賊だった。陸で一緒に生活してるもんだから、すぐに忘れてしまうけど。でも本当に似合わない。ラッセルが海賊なんて、あんなに優しいのに。

「帰るんだ、故郷に」

ラッセルがそう言ってこの街を出発したのはもう何回目だっけ、少なくとも両手と、両足の指を使ってもとっくの昔に数えられなくなってるくらい、ラッセルはどこからか船を調達、あるいは自力で作って、この海岸から旅立っていった。船の大きさや形はそのつど変わって、あるときはなんの変哲もない木の小船だったり、サマーバケーションにぴったりな豪華なクルーだったり、単純に丸太を束ねただけのイカダ、戦艦みたいな潜水艦、そこそこの大きさの帆船だったりもした。今回の船はスクリューやライトがしっかりついてるから、多分ハンディかスニッフルズ辺りに頼んで造ってもらったんだろうなあ。ラッセルは手先が器用だからイカダや木の船は簡単に造ってしまえるけど、流石にこんなのは造れない。ちょっと信じられないけどこんなのを朝飯前に作ってしまえる、ハンディは大工として、スニッフルズは発明家として超一流だ。

「ラッセル家に帰ろう、僕まだ朝食も食べてないよ」
「俺が帰るべきなのはあの家じゃないんだ」

じゃあどこに帰るの。だから故郷だよ。この街の海も好きだけど、俺はあの懐かしい海が忘れられないんだ。海賊のくせに陸に帰るの。うん、俺は水陸両用だからね。

「どうせ帰れっこないよ」
「そんなこと、やってみなくちゃわからない」

ねぇラッセル、今ならまだ間に合うから、一緒に僕らの家に帰ろう。その船は置いといて、また今度それで遊びに行こう。今日の朝ごはんはいつもの通りだけど、昼ごはんはちょっと奮発してラッセルの好きなシーフードにしようと思ってるんだ。シーフードがたっぷり入ったサラダとパエリアでどうかな。日当たりのいいテラスで食べてのんびりしたら、一緒にアイスでも買いに行こうよ。クロ・マーモットのアイスは絶品だよね。それで砂浜にパラソル差して、アイスを食べたらビールをのもう。昼間っから酔っ払うのもたまにはいいと思うんだ、だってこんなに夏なんだから!

でもどれだけ楽しいプランを立てても、ラッセルは首を振るばかりだ。難しい顔をして、ランピーわかってよ、だってさ。
なんでわかってくれないのかなあ。僕はラッセルの顔をまじまじと見詰めた。いつも陽気でときどき抜けてるラッセルは、今すごくシリアスな顔をしている。ラッセルのこんな顔は久しぶりに見た。本気なんだ。そんなに故郷に帰りたいんだ。あーあ、こんなの止めたって無駄じゃないか。


そうして煩いエンジンを轟かせ、ラッセルは行ってしまった。今までありがとう、向こうに着いたら手紙を送るよ、なんて言ってさ。ちょっと薄情だ。僕は行ってほしくなかったけど、でもそんなこと優しいラッセルには言わない。聞き分けのいいふりして見送ってあげたよ、バイバイって。天気は快晴、波も穏やかな、絶好の船旅日和。

「行っちゃった」

うわーっと欠伸をして伸びあがる。家に帰ろう。朝食はトーストに目玉焼きに厚切りベーコンが食べたいな。でも作るの面倒臭い。ひとりで食べる食事は酷く味気ないってこと、嫌というほど知っているんだよ。材料だってもうなかった気がするし、もういいや。ハンバーガーでも食べて帰ろう。

でも実のところ、僕はそれほど寂しくない。明日になったらラッセルは僕の家の部屋から出て来て、おはようランピーなんて挨拶するんだ。多分明日になったら僕も今日のことはすっかり忘れて、おはようって挨拶を返す。ラッセルの船旅は結局いつも一日と持たない訳だ。今度は沖でシャチに食われるのかな、嵐に遭うのかな。もしかしたらエンジンが故障するのかもしれない。それを僕が知る術はないけど、最終的には何一つ変わることなんてないんだから、ある意味結果オーライだ。
そうして何百回何千回、彼は死んで、この街に帰ってくる。



サマーサマーアンドホリデー
2010.08.02




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