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 今日も学校帰り、あたしはサッカーをしにこの埠頭までやってきた。教室で休み時間になるたびにピーチクパーチク煩いクラスメート達は学校が終わったら塾だのなんだのに行ってるみたいだけど、あたしはそんなとこには行ってない。中学二年生、気が早い奴らは受験がどうとか高校がなにとか、ひそひそ声を潜めてしゃべる。本当はあんな退屈な四角い箱の中、頼まれたって行きたくないけど、いつもの面子でサッカーやってる埠頭には午前中ほとんど誰も来ない。一人でボール蹴ってばっかりなのもつまらないから、あたしは仕方なく、地元の中学校で暇をつぶしている。
 埠頭には一番乗りだった。あたしは勉強道具なんて一つも入っていないすかすかのボストンバッグを投げ出して、唯一入っているサッカーボールを取り出した。今日はまだ時間が早いのかいつものいるメンバーが誰もいない。あたしは無言で薄汚れたそれをとんと蹴りあげる。制服のスカートが邪魔だ。中にジャージを履いてるから別に脱いだって問題ないけど、その手間も面倒くさい。
 しばらくそうしていると、急にある一角が騒がしくなった。脚を止めてその方向を見ると、赤茶けた髪のサングラス野郎とくすんだ青髪頭が連れだってやって来るところだった。赤い方、戸次が隣の少弐に向かって引っ切りなしにワアワア騒ぎ立てている。少弐は真っ赤にド派手で悪趣味な携帯電話に向かってぼそぼそ喋っていた。間違いなく少弐の私物じゃない、戸次のだ。奴は性格と根性がひん曲がってる上に趣味も悪い。色とりどりのキーホルダーがジャラジャラしている。あれは多分本体より重い。
 いきなり目があった。少弐との距離はいつの間にかあと数メートルまで縮まって、ああこれはお得意のアイコンタクト、と了解した瞬間、赤い精密機械は宙を舞った。やけにスローモーションに見える後ろで、口をポカンと開けた戸次が馬鹿面を晒している。そっちに目をやったせいで取り損ねた携帯は(元々取る気も無かったけど)そのまま弧を描いてあたしの足元に着地した。ガシャンと大きな音を立てたそれを皮切りに、戸次が喚き散らす。何してんだよテメェェェと少弐の首元を掴んで揺さ振っている赤い方は置いといて、青い方は明らかに面倒くさそうな目をしてあらぬ方向を見ていた。戸次は多分サングラスの下で涙目だ。ざまあ。
 仕方なしに携帯を拾ってみたらまだ通話中だった。少弐がこっちに振ったってことは多分電話しろってことなんだと思う。誰とか知らないけどとりあえず耳に当てて言う。もしもし。

『よォ』

 ビックリした、正直ゾワッと鳥肌が立った。認めるのは癪だけど、その時のあたしの目は普段より見開かれていたはずだ。咄嗟に通話を切ってやろうとしたけど、携帯を持っていないあたしは操作の仕方なんて知らなくて、どこを押したらいいのかわからない。叩き折ったら強制終了するだろうとは思うものの、弁償しろと言われたらダルい。そんな感じであたしはすっかり忘れていた。不動明王、コイツに隙を見せたら確実に調子に乗る。
『小鳥遊チャンひっさしぶり〜元気してたァ?少弐から相変わらずサッカー馬鹿って聞いたけど、まあ他にオトモダチのいないてめーじゃ仕方ねぇよなァ』
 ほらやっぱり。爬虫類を彷彿とさせる、ねっとりした声だ。まだあれから数ヶ月しか経ってないのに、もう何十年も昔のことに思える。いやあたしそんなに生きてないけど。あれ、つまり真帝国が崩壊したあと、不動は愛媛を出てどっかに行った。多分。あたし達は地元の警察に保護されて家に帰されたけど、不動は見つからなかった。異常なくらい力に執着する奴だから、不動が死んだなんて誰も思ってなかったけど、警察が捜査を打ち切っても不動はあたし達の前にすら現れなかったから、詳しいことは知らない。でもまあ愛媛でじっとしてるようなタマじゃないし、死んでたらそこまで、生きてたら愛媛にはいないだろうっていうのが元真帝国メンバーの共通認識だった。
 弥谷あたりはみっともなく泣いてたけど、あたしは別に泣かなかった。ただ踏み台にされたのは死ぬほど悔しかったから、いつか会ったら文句をぶちまけてやろうと思って、でも現実にはそんな機会もなく、単調な毎日を繰り返していたのがここ数ヶ月。肝心なときに限って、用意していた罵詈雑言は喉に張り付いたみたいに出て来ない。不動は黙ったままのあたしを不審に思ったらしかった。
『オイオーイ、なに?感動しちゃったァ?』
「……うるさい、そんなワケないでしょ。ていうかアンタなんで生きてんの」
『俺が死ぬワケねーじゃん馬鹿なの?』
「自分が死ぬワケないとか思ってんの馬鹿なの?で、今何処ほっつき歩いてるわけ」
『さァねぇ。どっかの路地裏』
「なにそれ迷子?自分が何処にいるかもわかんないとかダサい」
『言ってろ。さて、そんな小鳥遊チャンにお知らせです』
「何」
『俺は世界に行く』
「ハア?」
『察しろよ頭わりぃな。フットボールフロンティアインターナショナル、知ってんだろォ?それの日本代表で海外の奴らぶっ倒しに行くって言ってんだよ!』
「一言でそんだけ察しろってフツーに無理じゃん、ていうか厨二病も大概にしなさいよ妄想と現実の区別も付かないの?」
『一ヶ月後、テレビつけろよ。その頃には有名になってるぜ』
「はいはい」
『証明してやるよ』
 話半分に聞いていたあたしは、そこで不動の声色が改まったことに気付いた。機械越しの会話で、馬鹿みたいなやり取りで、なんとなく伝わってくる。今こいつが怒りを押し殺して生きているってこと。あたし相手にでもなく、自分相手にでもなく。ぶつける相手がないまま蓄積した感情を、やっと爆発させる場所が見付かったって、そんな感じ。

『証明して、世界中に知らしめてやる。俺達のサッカーこそが最強だってことをな』

 ――世界という途方もない舞台で、臆することもなく。
 俺達、という言い方が嬉しかったなんてのは柄じゃないけど、あたしは愉快だった。そうだ、不動明王だ。潜水艦は沈んだし影山はいなくなったけど、真帝国は本当の意味では無くなってなんかいない。なんてったって、あたし達のキャプテンは執念深いのだ。
『てめーらはそこで目ン玉かっぽじってよく見てろ』
「ふん、みっともないとこ晒したら殺しに行くから」
『上等』
 そこで電波は一方的にぶった切られた。ツーツーと機械的な音が耳にうるさい。そのままそれを戸次に投げ返して、やっぱり戸次はぎゃあぎゃあ騒いで、少弐と目があって、あたしはちょっとニヤッとした。後で他の奴らにも教えてやろう。弥谷あたりは自分が直接話せなかったことを泣いて悔しがるかもしれない。モヒカン信者とか超うける。それで一ヶ月したら全員で目座の部屋に押しかけて拾ってきたテレビで観戦してやろう。あたし達のサッカーが世界一になる瞬間を。
 ザマーミロ!全世界の人間に、声高らかに言ってやる。あたしは踏み付けていたボールを再び高く蹴り上げた。



加速するビリジアン
2011.12.23




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