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愛媛からムスくれた顔をした不動を引っ張って来たのは源田と佐久間だ。それを帝国に迎え入れたのは俺だ。最初嫌そうな顔をしてあからさまに避けていた辺見と成神は、いつの間にか辺見だけ打ち解けていた。咲山とはなんとなく気があって、寺門とはパス練をする仲らしい。洞面は大伝の後ろに隠れてしまう。万丈とはないが、五条と話しているのは見たことがある。
俺が不動明王に関して知っていることはプレースタイルと高い実力、あとほんのこれっぽっちくらいなもので、どうにか帝国学園のセキュリティを掻い潜って住み着いた黒い毛並みの猫の方が、俺はよっぽどよくわかっていたのだ。というのはまあ後から気付いたわけで、共通項である総帥とボールを通じて、なんとなく一方的に理解したような気がしていた。
思い込みとは恐ろしいもので、自分がそんな調子であるから周りはそれ以下であるのが当然と、確かに言われてみれば尊大で不遜だったのかもしれないが、まだまだ俺の世界は狭かったので、現実とのギャップに衝撃を受けるのも、まあ無理からぬことだったと思う。

「不動、昨日の忘れ物だ。」
「お、サンキュー。」
その会話が繰り広げられているのは俺のまさに目の前一メートル半のあたりだ。朝の部活動を終え、短い休憩を挟んだらすぐに着替えて授業に向かわねばならない。とは言っても水分補給を疎かにして体調を崩しては目も当てられないので、その僅かな時間を使い、俺は黙ってスポーツ飲料を飲んでいる。会話をしているのは源田と不動で、源田は剥き身のシャーペンを手渡しているようだった。さて、昨日、とは。俺の物言いたげな視線に気付いたのか、源田はこちらを振り返り、その精悍な顔に爽やかな笑顔を浮かべた。
「ああ、昨日不動をうちに呼んだんだ。帝国は授業の進度が不動の元いたところよりもかなり早いらしくてな。ノートを貸したりコピーを取ったりしていた。」
「まー途中からはクソ真面目にお勉強なんてしてなかったけどなァ。」
「だから佐久間を呼んだらそうなるだろうと思って最初は呼ばずにいたんだ…。」
「おい俺のせいにするな。」
そういうことかと納得していた俺を尻目に、途中から会話に加わったのは佐久間だった。水道で顔を洗っていたらしく、タオルで長い髪が吸い取った水分を拭っている。
「ちゃんとコントローラーは家から持参してやっただろう。二つ。」
「そういう問題じゃなくてだな、」
「え、なにじゃあオマエはせっせと俺が勉強してるのをほっぽって佐久間と二人でゲームするつもりだったってェの?ほー、いい御身分じゃねーか源田。」
「いやだからコントローラーの数の問題じゃないというかそもそもあれは俺の部屋、」
「ステージクリアできたのは一体誰のお陰だと思っている。」
「つーかお前弱すぎ。二面のボスで延々ゲームオーバーとか一生スタッフロール見る気ねぇだろ。下手くそ。」
「……腑に落ちんがなんかすまん。」
「わかりゃーいいんだよアハハ。」
「まったくだ、協力プレイが出来るゲームで良かったな。」
なんの変哲もない友人同士の会話だというのに、俺は何故か妙に苛々した。そのせいか、指先にいつもより力が入っていたらしい。突然手元からベコリという鈍い音がして、驚いて見遣ればボトルの角が凹んでいる。これは面倒なことになった。こういうボトルは凹むと、特にそれが腹ではなく角だった場合において、元の形に戻すのが非常に難しい。ボトルが凹んだのは力を加えすぎたせいで、力を加えすぎたのは腹が立っていたせいだ。しかしいくら考えてもその理由がわからない。消化不良のもやもやを抱え、とりあえず問題の箇所の周辺を様々な角度から押してみる。直らない。
そろそろ着替え始めないと一時間目に遅刻するぞ、という寺門の一声を皮切りにして、休憩をとっていた部員が各々ロッカー室に戻りはじめた。俺は手持ちのそれをいじくり回し、しばらくその場に突っ立っていた。戻らないのか鬼道、と声をかけてきた源田になんと返したのかよくわからないが、多分先に行っててくれとかそんなようなことを言ったはずだ。そうか、なら先に行っていると源田は言い、不動と佐久間と一緒に去っていった。相変わらずボトルは頑固に変形している。許しがたい。

「おいおいいつまでそれやってるつもりだよ。」
「……不動か?」
「俺が不動明王サマ以外に見えんだったら医務室行った方がいいぜェ。」
純粋に驚いた。てっきり源田達と行ったものだと思っていた不動が隣にいたのだ。一瞬幻覚を疑ったが、調子よく飛び出してくる憎まれ口に安堵した。こいつは間違いなく不動だ。何をしに戻って来たのかと思えば、ベンチの端に無造作に放ってあったタオルを取りに来ただけらしい。他に話すこともない、と会話は終わったはずだったのだが。
「嫉妬は醜いねェ、鬼道ちゃん?」
俺の横をすり抜け際に愉快で堪らないと台詞を吐いた不動は、大して急ぐ風でもなく悠々と歩いていった。手に持ったシャーペンをくるくると器用に回している。未練がましく握っていたボトルから再びベキョッという音が響いて、俺は漫画的に表現するならまさしく豆電球が頭上で勢いよく点灯したような、そんな錯覚に陥った。
そうか、嫉妬か。
そう考えればこの妙な蟠りは綺麗さっぱり消え去り万事解決だ。悪友同士のあの気安い笑顔が羨ましいと思ったのだ、自分は。決して俺に向けられることはないそれが、ひどく眩しいものに感じられた。そうだ、俺は不動に誇り高き帝国イレブンを取られたようで悔しいに違いない。そうに決まっている。源田や佐久間達との付き合いは不動よりも俺の方が長い、それだけの話だ。
しかし監督ではない一個人としての影山総帥を語り合うことが出来るのは源田や佐久間ではなく俺と不動で、ついでに言うと学年で常に最優秀の成績を取っているのは自分なのだからどうせノートを借りるなら俺に一声かければいいものを――とまで考えて我にかえった。いや待て、何かがおかしい。それでは俺が嫉妬しているのは不動に対してではなく源田達に対してということになってしまう。それはない。今は帝国の一員といえども元はあの真帝国の不動だ。俺が不在だった帝国を半壊状態に追い込んだ張本人だ。いやいや、ありえない。ない。ないったらない。
なんとなく手元に縋るように視線を落としてみると、先程凄まじい音がしたボトルは確かに凹みがなくなり元の形に戻っていたのだが、別の箇所を押して直ったが故に、代わりの凹みが出来ていた。これは自分の姿だろうか。解決したかと思ったらきりがないとか、そういう。
無機物にまで揶揄られたような気がした俺は、遠くで鳴ったチャイムを聞かなかったことにして、人生で初めての授業放棄を決意した。



青春の一ページもどき
2011.04.30




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