inzm11 | ナノ






「ねぇ不動くん、君の瞳はまるで黴みたいな色をしているね」
とっても汚らしくて気持ち悪い、眉根を寄せたくなるような色だね!
にっこり笑って目の前の不動くんに話かける。特に深い意味はないよ。じとじとと不快な雨が降っていて、目の前に不動くんがいたから、常々思っていたことを口に出しただけ。彼の瞳は暗い暗い緑色で、一見その眼窩には黴玉が詰まっているように見える。本当、表面がつるりとしているのが不思議なくらい。

「ならテメーの目ン玉は爛れた臓物みてーな色だなア」

ボクが急に話しかけたのに驚いたのか、振り向いた彼はほんのちょっと眉を持ち上げていた。でもそんな表情は一瞬で、直ぐに顔はにやりと歪む。捻れたみたいに吊り上がった口の端からそんな言葉が漏れて、ボクの機嫌は少し上昇。彼が神の言葉を無視するような暴挙にでなくて良かった。だってそうなったら、ボクは彼のその瞳をえぐり出さなくちゃいけなくなってしまうもの。誰だってあんな気持ち悪い物にはなるべく触りたくないと思うけれど。

「それはありがとう、でもボクとしては熟れた果実と言って欲しかったな」
「ハア?」
「禁断の果実だよ、食べてしまったら楽園追放さ」
「知るかっつーの」
「ふふ、それもそうだね、どっちにしろ君は食べられないもの」
「まあ食べたくもねーけどな」
「そうかい?」

今や完全にこちらを向いている彼にくすくすと笑う。ボクの気のせいかな、ほんの少し、彼もこの中身のない会話を愉しんでるみたいに見える。

「…甘いのかも」
「あ?」
「とーっても甘いのかもね?食べてはいけないとあれほど言われていたのに、それに抗って食べてしまうほど魅力的で、芳しい、甘い薫りがするんだ」

手を伸ばしてはいけないと理性は告げるのに、抗えないんだよ。暴力的な魅力の前にはただ屈してしまうしかない。そしてあっけないほど簡単に、それには手が届くんだ。

「そうかねぇ、俺はそうは思わねぇけどなア」
「どうしてだい?」
「禁止されればされるほどやってみたくなんのが人間ってモンだろぉ?どんなにマズそうでも、訳も言われず食うななんて強制されたら、食ってみたくなるんじゃねーの」
「なるほど」

そういう考えもあるんだね。思い付かなかったよ。だろぉぉぉ?そう言ってケタケタとひとしきり笑った彼は、その顔をすっと僕に近付けた。彼の顔の造作はとても整っている。顔立ちだけを見るなら、彼は美しいものを愛するボクの寵愛を受けるに相応しい。勿論、黴玉の表面に映ったボク自身ほどじゃないけれど。それだけに惜しいね。ボクはその眼球の色だけが気に入らないんだよ。

「俺はこー見えて実は割と甘党なんだけどよぉ、」

にぃいと唇がめくれあがる。白く鋭い犬歯の隙間からはちらりと赤い舌が覗いて、目がきゅうと細まった。濃厚なチョコレート色の、柔らかそうな髪がふわりと動く。ああ、やっぱり綺麗だなあ。

「テメーの目ン玉は甘ェのか?」

凶悪な笑みにうっとりする。彼に一番似合うのはやっぱりこの表情だろうね。このときばかりは泥水が腐って黴たような瞳も気にならないんだから。
釣られて微笑んだら、彼は瞬間興味が失せたかのように無表情になって、あっさり身をひいてしまった。ちょっと残念。

「まあ別に甘かろーがマズかろーが、俺には関係ねぇ話だけどなア」
「おや、君は食べてくれないのかい?」
「誰が食うかっつーの」
「楽園はとうの昔に追放されてしまったんだから、何も恐れることはないのにね」
「ばァか、だからだろぉが」
「よく意味がわからないな」
「つまんねぇ、イコール魅力がねぇってことだよ『カミサマ』?」
「…やっぱり君も魅力を求めているんじゃないか」

腐った緑をじっと見詰める。汚らしくて気持ち悪い、眉根を寄せたくなるような色を、なんとなくえぐり出してみたくなった。あんなに触りたくないと思っていたのに、なんでだろう。まず淵から指を滑り込ませて、何度か奥を撫でる。十分に隙間ができたら、眼球から伸びる神経繊維を爪で掻き切るんだ。つるつるした表面には傷がつかないようそっと摘んで、ゆっくり引っ張り出したら、きっと途中で指がつっかえてしまうよね。そうしたら、やっぱりゆっくり左右に揺らして、最後は勢いよく捩り切る。ボクは掌にころんと乗ったそれを揺らして遊ぶけど、なにせ飽きっぽいボクのことだから直ぐにつまらなくなって、さっさと捨ててしまいそうだ。ポイッと投げてはいおしまい。最終的には地を這う虫の胃袋に入るのかな。そしたらその矮小な生物の、明日の糧になるんだね。
なんだかちょっと愉快な空想。

「残念だったな、」

唐突に投げかけれた一声に思考が分断される。神の考え事を邪魔するなんて、いい度胸をしているね。ほんのちょっと顔をしかめてやるけど、彼は気にした様子もなく飄々とうそぶいた。

「これは俺様のもんだ」

閉じた片目の瞼をとんとんと叩きながら、彼は勝ち誇ったように笑っていた。光を反射しないくせに、ぎらぎらと眇られたもう一方の底意地悪い瞳に射抜かれる。おかしいな、あんなのただの黴玉なのに、

「テメーなんかにゃやらねーよ」

なんだか本当に欲しくなってしまった。



いわゆるヒトの業というやつ
2010.05.11




「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -