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夢をみた。それはそれは酷い夢だった、と不動は息を吐いた。じわりと浮かぶ汗が不愉快極まりない。皮膚に張り付いたTシャツの首元を引き剥がしながら傍らの目覚まし時計を見れば、時刻は午前4時を少し回ったところだった。中途半端な時間帯に誰にともなく舌打ちを漏らす。寝た気がしない、疲労感が肩からのしかかって来るようだ。

酷い夢だった。何処とも知れない場所に自分がいる。周りの景色はぼんやりして、しかし夢の中の自分はそれを不思議にも思わなかった。
人がいたのだ、数歩先、手を伸ばしても届きそうにはない距離に。こちらに背を向けて立つ大人が二人、やはり景色同様にぼんやりしている。
自分はそれが誰だか知っていた。嫌というほど知っていた。おとこがひとり、おんながひとり。世界で最も近しい血縁をもつ、自分、の、
そこまで考えたところで、大人達はゆっくりとこちらを振り返った。酷く焦れったい動作だった。まだ顔は見えない。どうせ、と自分は思う。どうせまたなにか、汚らわしい、不愉快なものを見ているような表情をしているのだろう。眉間に深い溝を作って口汚く罵倒する。あんたはいらない子だと。生まれて来なければよかったのだと。だから二人が完全にこちらを向いたとき、思考が停止したのは仕方がないのだ。

慈愛に満ちたとても穏やかな顔で、こちらを見つめるその人達は一体だれなのだろう。本当に愛おしくて愛おしくて堪らないという顔をして微笑んでいるのは、一体。すべてが曖昧にぼんやりとしている癖に、彼らがどんな表情をしているかは不思議と手にとるようにわかった。
そして彼らは口を開いた。包み込むような声色だった。とろけそうなほどやわらかに、甘く。
『私達はお前を本当に愛しているよ』

不動は頭を振った。ほんの一部思い出すだけでも不愉快な夢だ。かつて不動は彼らのそんな表情は見たことがなかったし、そんな言葉を与えられたこともなかった。そもそもそんな芸当が出来たのかすらしらない。出来ないからしなかったのか、それともただしなかったのか、別段興味も沸かない。これでも小さなころは必死だった。愛されたくて愛して欲しくて、自分を見て欲しかった。自分が頑張ればきっと振り向いてくれるんじゃないか。こちらを向いてくれないのは自分の努力が足りないからなんじゃないか。もっと、もっと努力をすれば、。ただ成長するにつれてそんな甘い希望は消えてしまった。努力なんかしたって無駄だと気が付いた。ちっぽけな自分の必死な努力なんて届くわけがない。そもそも彼らの視界には自分なんて映っていないのだから。無駄、無駄、無駄!諦めてしまえばそれなりに楽だった。期待なんかしない。そうして日々を過ごすうちにいつの間にか彼らはいなくなった。
結局一度も振り返らないままだった。

だから不動は自分が理解できなかった。今更こんな夢を見たこともそうだし、夢の中で確かに自分が彼らの言う『愛』とやらを甘んじて受け入れている自分が全くわからなかった。夢とは願望の表れだと、一体誰が言ったのだったか。夢の中で、確かに満ち足りたような気がしていた。与えられて、安心しきっていた。もう頑張らなくていい、肩の力を抜いて思い切り甘えてもいいのだと。馬鹿馬鹿しい。自分が欲していたのがそんな下らないものだったなんて、不動は決して認めたくなかった。愛情友情恋情仲間意識、反吐がでる。そんな生温く甘ったるいものは唾棄すべきであると彼は頑なに信じていたし、彼は他人のそれを踏み潰し堕落させるのが役目だった。必要ない、自分の得た絶対的な力の前にはどれもこれも無意味。そう信じなくては、何かが崩れてしまいそうだった。

練習は早朝からある。下らないことを考えている時間はない、少しでも体を休めなければ。後味の悪い夢のことなどもう一眠りすればすっかり忘れているに違いない。後味の悪さが一体何に起因しているかなんて取るに足らない些細なことだ。落とした掛け布団を頭まで引き上げ丸くなる。頭ははっきり冴えていたけれど、無理矢理目を閉じれば睡魔はすぐにやって来た。不動はそれに逆らわず身を委ねる。
それきり彼は、夢のことなんて忘れてしまった。



サヨナラ悪夢
2010.04.25




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