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あ、マキあのクレープ食べたい!


いつだって、最初に行動を起こすのはマキちゃんだった。俺の腕をひっぱって、隆一郎とけたたましい喧嘩をしながら、ずんずん前に進んでいく。

マキちゃんと俺と隆一郎はいつも三人一緒だった。お日様園という場所においては誰もが幼なじみだと言えないこともないけれど、俺達はとりわけそうだと思う。いつもさわがしいくらいに元気なマキちゃんと、乱暴だけど気のいい隆一郎と、どっちかといえばインドア派な俺は、なんでかわからないけど妙に仲が良かった。特にマキちゃんと隆一郎なんてしょっちゅう喧嘩して殴りあって絶交してたのに、いつの間にか普通に喋っている。滅多に喧嘩をしない代わり、たまにするといつまでも根が深い俺は、そのさっぱりした関係がほんの少し羨ましかった。殴るのも殴られるのも痛くて嫌だから、それはそれでよかったけど。
そんな感じで三人組だった俺達でも、やっぱりいつまでも一緒ってわけにはいかない。隆一郎はなんだかんだ言ってマキちゃんが好きだってことに俺は割と早い段階で気付いていたし、マキちゃんもバカは嫌いとかいいながら隆一郎を気にしているのを知っていた。つまり両思い、というか両片思い。そういう少女漫画みたいなシチュエーションに付きものな『二人から相談される友人』っていうのは、まあ当然俺しかいないわけで。それなりの年頃になると、隆一郎からは女って何貰ったら喜ぶんだとか、マキちゃんからは隆一郎ってスキなコいるのとか、お互いから喧嘩したとか嫌いって言われたとか右から左から引っ切りなしに相談されては一緒に悩んだり慰めたり励ましたりあああもう自分達両思いなんだからさっさとくっつきなよ!と叫びたくなるくらい、俺はひっぱりだこになった。でもかなりプライドが高い上に、普段なら絶対他人に弱みを晒したがらない二人がせっかく相談してきてくれてるんだから、って考えるとそうそう無下にも出来ないし、そういうコイスルオトメみたいな(片方は実際に女の子なんだけど)態度は新鮮で面白かった。それに頼られるのも実のところ満更でもなかったから、なんだかんだで俺もその状況を結構楽しんでた。ついこの前まで。

結局、告白は隆一郎がしたらしい。乱暴ヘタレというか、脳筋族に分類されるくせに奥手な彼にしたらよくやった。マキちゃんも照れ隠しに告白を蹴ったりしなくてよかった。本当に。間に宇宙人になったりして、それどころじゃなかった時期を挟んだりもしたけど、数年越しの両片思いがようやく実を結んだんだ。俺はやっと肩の荷が降りてほっとしたし、心底祝福した。のだけど、でも、ほんのちょっとだけ淋しかったのも事実だ。
三人でいられる時間は当然減ったし(隆一郎とマキちゃんは全くそういうことを気にしないからわざわざ俺が空気を読んで席を外すはめになる)、あのぎゃんぎゃんとうるさい相談の嵐も過ぎ去ってみると案外懐かしい。恋のキューピッドとして奔走した俺へのご褒美的なものは特になかった。かわいい女の子と道端で出会って恋に落ちるとか。二人の笑顔がご褒美ですかそうですか、まったく神様は意地悪だ。それはそれで、いいんだけど。

「で、結局あんたはマキが好きだったの?」

俺の独り言みたいな愚痴を聞いて、遠慮も容赦もなく突っ込んで来たのは風子だ。なんの捻りも躊躇いもなくストレート、恐れ入る。さすがドS。
今日も今日とて空気を読んだ結果、俺は今まさに本を読んでいる風子の隣にいる。風子とは唯一本の趣味が合致する読書仲間だ。かなりマニアックなところまで話が出来るから、たまに本の感想を言い合ったりしている。居心地は悪くないけど、それ以上でもそれ以下でもない。

「違うよ。マキちゃん個人にも、もちろん隆一郎にだってね。」
「ふーん。」

特に興味はなさそうに、風子はぺらりとページをめくる。脳科学に関する本だ。面白そうだから後で貸してもらおう。

「でも今のあんた、なんか失恋したオンナノコみたい。」
「……そう見える?」
「見えなきゃ言うわけないでしょ。」
「うーん、そうだなあ……。」

だらしなく壁にもたれ掛かっていた背中を引きはがし、足を引き寄せて抱きかかえた。風子は相変わらず手元を見ている。特に見るものもなくて、狭い部屋の天井を見上げた。イプシロンの頃使っていた無機質な部屋と違って、お日様園の天井は板張りだ。

「多分、二人に恋してたんだ。」
「矛盾。」
「うーんとね、マキちゃんと結婚したいとか、隆一郎とキスしたかったわけじゃなくってさ。二人が大好きで、大切だったんだ、すっごく。」

出来ればずっと三人でいたかった。誰一人欠けないで、ふざけて、喧嘩して、仲直りして。放課後ちょっと寄り道したりとか、好きな夕飯のおかず取り合ったりとか、こっそり夜中に集まって怪談したりとか、それで騒ぎすぎて怒られたりとか。そんなのでよかった。どんなに下らないことでも、三人でいれば楽しかったから、それがずっと続けばよかった。有り得ないと頭では理解して、覚悟していたつもりでも、そんなのは薄っぺらで吹けば飛ぶような嘘だった。本当は、いつか終わりが来るなんて信じたくなかった。だって繋いだ手のあたたかさを、まだ俺は覚えているのに。三人で笑いあって、これまでも、これからも、ずっと、ずうっと、

「一緒に、いたかった、なあ……!」

でも、二人が大好きで大切だったから、幸せになって欲しかった。本当に、本当に。たとえ、そこに居場所がないとわかっていても。

秒針だけが響く部屋に、紙の擦れる音がする。風子がこっちを向かないのは彼女が彼女たる所以だ。無関心と気遣いの合間を器用に縫いとめる。自分の太股に点々と滲んでいく水の跡が見たくなくて、俺は膝頭に強く目をこすりつけた。顔なんか上げられない。嫌なことだってたくさんあったはずなのに、思い浮かぶのはいつだって、楽しかったことばかりだ。


あ、マキあのクレープ食べたい!

ねぇ隆ちゃん買ってきてよ、マキと論の分ね!ハア、なんで俺が、そういうお前が行けよ!ひどーい、隆ちゃんったらか弱い女の子パシらせる気なのぉ!?はん、か弱いとかばっかじゃねーの!あーほらほら、二人ともそんな往来で喧嘩しないで、ね?だって論、隆ちゃんが!落ち着いてったら、じゃあこうしようよ、まず隆一郎がマキに一つ買ってあげると。おい論お前どっちの味方なんだよこのオトコオンナ!最後まで聞きなよ筋肉バカ、それでそれからマキちゃんが俺に一つ買ってくれて、俺が隆一郎に買う、これでどう?すごーい論ったらあったまいい、マキさんせー!隆一郎は?まあちょうど小腹も空いてた頃だし、いいぜ。じゃあ買いに行こうか、三人で。




馬鹿みたいだと笑ってよ
2011.01.09




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