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「たかなし、すきだ」

思わず飲んでいたスポーツドリンクを噴いてしまった。ぶしゃあと景気よく、突然意味のわからないことを言いだした不動の頭にかかる。それでも不動はニコニコしていた。普段なら確実にこのクソアマぁぁぁという怒号と共に拳やら足やらが飛んでくるというのに、この反応は一体どういうことだろう。目を疑う。正直気持ち悪い。頭がイッちゃったように見える。いや前々からマジキチだとは思っていたけれど。

「…あんた正気?病院行く?」
「正気にきまってんだろぉ!」

意味もなくニコニコしている。笑顔の不動なんて気持ち悪い。そうこうしていると周りの奴らがなんだなんだと集まってきた。具体的に言うなら、元真帝国メンバー。ちなみに暇な奴らを集めてサッカーをやっていたところだ。場所は愛媛の適当な河川敷。潜水艦が沈んでしばらくしたころ、日常生活に戻ったチームメイト達が集まって、サッカーをやろうという話になった。真帝国にいたころより格段に刺激の少ない、つまらない生活に辟易としていたのだろうか。最初は集まりが悪かったが、最近ではほぼ全員が集まってサッカーをしている。ああそうだ、そんなことよりも、

「どうしたんだよ小鳥遊?」
「…何か問題でもあったのか」

大有りなのよ弥谷目座!正直こんな不動は鳥肌ものだ。マジキチモヒカンのくせに肩を竦めて俺は紳士ですアピールをしている。目がきらきらしててキモい。普段は死体みたいな目してるくせに。目座がじっと不動を見て何か言いたそうにしていた。言いたいことがあるならさっさと言え。アイコンタクトだけで通じたのか、目座はぼそりと言った。横で俺の専売特許が!と視線で訴えてくる少弐は面倒なのでこの際無視する。

「小鳥遊、不動は」
「たかなし、すきだ、結婚しよーぜ」

しかしその目座の台詞は、ずいっと前に出てきた不動自身によって阻まれた。うざい。しかもコイツ手を握ってきやがった。妙に熱い手の平が気持ち悪い。手を振り払い、不動の右頬を思い切りぶん殴った。どれだけ今日の不動がイカれてようと、流石にこんなことをすればこのまま殴り合いに発展するに違いない。もちろん殴り返されることは承知の上だ。目茶苦茶に喧嘩の強い、しかも仲間にも容赦しない不動のことだから、お互いタダでは済まないだろうけど、これで奴も正気に戻るかも。そんな淡い期待も抱いてのことだった。殴られた勢いで不動は倒れこむ。すぐに立ち上がってくるに違いないと、反撃に備え身構えた。しかし予想に反して不動は立ち上がらない。立ち上がる気配も見せない。
え、嘘。仮にも女の拳一発で?

「不動!」
「おい大丈夫か!」
「…小鳥遊、不動は熱があるようだぞ」

台詞をぶった切られたままだった目座がやっと最後まで言い切った。観察力の半端ない目座が言うのだから本当だろう。正直もっとはやく言って欲しかった。とりあえず、倒れたままの不動をなんとかしよう。郷院ちょっとこっち来なさい。力仕事は男に任せるに限る。



近場ということで、目座の住むアパートに移動することになった。目座は中学生であるにも関わらず一人暮らしで自炊している。ただ流石に家賃や食費は親が払っているらしい。家庭の事情がうんたらかんたら。詳しく知っているのは目座本人だけだろう。キャプテンの不動がどうだかは知らない。
アパート自体はボロボロだったが、部屋の中はよく片付けられていて、なかなか快適だった。とは言え相当狭いので、看病の邪魔になりそうな奴は問答無用で帰らせる。なんだかんだ不満を漏らしながらも一様に心配げな顔をしていた。好き勝手なことをてんでばらばらにやっているように見えて、その実、チームの結束は固い。
あんたはさっさとよくなりなさい。あたしにこんなことさせて、高くつくわよ。
看病の勝手なんてわからない。市販の薬を買いに行っている奴らが帰ってくるまで、一体何をすればいいのか。目座に言われた通りしっかり絞った濡れタオルを不動の額に置いて、すっかり手持ち無沙汰になってしまった。もっと細かいことを聞いておけばよかった。後悔しても遅いので、部屋の隅にぽつんと置いてあったスツールを引っ張ってきてそれに座り、不動を観察する。当たり前だが、苦しそうだ。熱故に、というよりも、うなされているというか。

「…………てくな、」

不動が何か呟いた。起こしてしまったのかとぎょっとしたが、どうやらそうではないらしい。ほんの小声で、掠れて聞き取りにくい。耳を近付ける。

「おいてくな、よ……!」

はっとした。あまりにも切実な声色だった。
不動の弱った姿なんて、真帝国時代、一度も見なかった。誰より早く練習を始め、誰より遅く練習を終わる。的確な指示を飛ばし、飄々とした態度で他人を馬鹿にして、愚痴一つ吐かなかった。弱音なんて尚更。知っていることと言えば、不動明王という名前と、容姿と、サッカーのプレイスタイルぐらいだった。そしてそれは、真帝国がなくなった後もあまり変わっていない。どこからともなく現れて去っていく。今更ながらに気が付いた。不動のことなんて、なにもしらない。

随分長いこと考え込んでいたらしい。不動の頭がもぞりと動いた。ゆっくりと目が開く。

「……たかなし?」
「なによ」
「あ?あー……俺、」
「あんたは風邪でぶっ倒れたの」

起き上がろうとしたので押し止める。まだ寝てなさいと言うと、眉間に深い皴が寄った。不機嫌にぎろりと睨まれる。いつもの不動だ。
簡単に状況を説明すると、ますます不機嫌になった。今日の記憶がさっぱりないらしい。あえて今朝の珍妙な行動については言わずにおいた。病人の血圧をわざわざあげることもないだろう。

「……帰る」
「はあ?」
「帰るっつってんだよ!どけテメー」

そんな気遣いを知るよしもない不動は、勢いをつけて無理矢理に身体を起こした。

「馬ッ鹿じゃないの?」

実際帰れるはずもないのだ。不動は結構な高熱を出していて、身体を起こしただけで息があがりふらふらとしている。第一、帰ってどうなるというのだろう。帰れる場所があるのかは知らないが、少なくとも、不動の身を案じて優しく介抱してくれる人物がいるようには思えない。そのまま口に出して言えば、案の定、自分で出来ると噛み付いてきた。
苛立ちが募る。自分にも、不動にも。

「じゃあもう勝手にすれば?」

どこへなりとも行けばいいじゃない。面倒見きれないわ。そう言うと、不動はほんの一瞬だけ顔を歪めて、言われるまでもねーよ、と吐き捨てた。本当に帰るつもりなのだろう。しかしふらりと立ち上がり数歩あるいたところで、不動は大きく咳込んだ。連鎖してなかなか止まらないそれに、上手く呼吸が出来ないのか、喉からひゅうひゅうと空気が漏れる。肩を引き攣らせ、仕舞いには床に崩れ落ちてしまった。

「ざまあないわね」
「うるッ…せ、」
「……しかたないわよ、」

止まる気配を見せない咳が、見ていて痛々しい。細い身体だ。傍らに膝をついて背中をさする。

「どれだけ意気がったって、あたし達一人一人は、ちょっとサッカーが上手いだけの、ただの中学生でしかないの」深呼吸しようとせずに、ゆっくり息をしなさい。背中に置いた手からじわりと、不動の体温が直に伝わる。段々落ち着いてきたようだ。気取られないように内心息をついた。そのままぐったりした不動を引きずってベッドに放り込む。スツールに座り直すと、不信さをありありと湛えた瞳とかちあった。

「……面倒見きれねーんじゃねーのかよ」
「あんたって本物の馬鹿よね」

また不動がやいやいと騒ぎ立てる前に、一連の流れでそこらに投げ出されていた濡れタオルを拾い、顔面に投げ付ける。

「あたし達はあんたが思ってるほど薄情でも貧弱でもないし、あんたは自分が思ってるほど孤独でも狡猾でもない」
「んなこと、」
「確かにただの中学生、でもたかだか一人や二人倒れたくらいで支えられないほど、ヤワじゃない」
「……」
「ナメんじゃないわよ、あたし達はあんたがつくった最強のチーム!信じて頼って、背中預けるぐらいしてみせろ!」

あんたが倒れてどんだけ周りに心配と迷惑かけたと思ってんの。なんでもかんでも一人で背負い込んでないで、もっとあたし達を信じなさいよ。少なくともあたしは、あんたのことを信じてるんだから。
一気にまくし立て、いつの間にか思わず掴んでいた不動の胸倉を解放する。しばし固まっていた当の本人は、金縛りが解けたようにぎこちなく動き始めた。ぼす、と頭を枕に預け、先程から散々な目にあっているタオルを自ら額に乗せる。
不動は数瞬の逡巡の後に、小さな声で呟いた。掻き消えてしまいそうな、弱々しい声だった。それをしっかり聞きとめて、返事を返す。

「小鳥遊、あのさ、」
「なによ」
「ずっとそこにいろよ」
「しょうがないから、いてあげる」

……寝る。そう、おやすみ。

急に静かになった部屋で、冷静になって考えてみたら、自分は随分と恥ずかしいことを言った気がする。よく言ったものだ。まあ、たまにはいいか。紛れも無い本心からの言葉だ。それにタオルの隙間から覗く不動の耳が赤いのは、きっと熱のせいだけではないだろう。
今朝の不動のイカれた言葉が、普段素直になれないあいつの気持ちだったらいいのに。そう考える、どうやら自分も相当イカれているらしい。

小鳥遊はくすりと笑った。



ねえ、きみ、信じてくれないか
2010.06.23 素直企画様提出物




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