いつかの空

 隊長の奥方が産気づいたとの報せが入ったのは今日の午前(ひるまえ)だった。足早に兵士用厩舎に向かっていると、目的の前方の厩舎から出てきた人物と顔を合わせた。見知った人物だった。

「よお、グレン」
「ブルー」

 ブルーノはこの年同じくサンカルナ青騎士隊に入隊したばかりの少年だ。親友でもあった。

「どうしたんだよブルー。まさか城下に行って来たのか!? 抜け駆けは狡いぞ」

 今から隊長の奥方に贈る祝い品を取りに城下まで出かける所だった。

「まさか。違うよ。ちょっと寺院までね」
「ああ……なる程な」

 ブルーノは優秀なまでの敬虔なクレース教の信者だった。片身離さず聖書を持ち歩き、毎日のお祈りも欠かさない。
 まったく見上げた敬虔ぶりだ。ここ最近は、忙しさにかまけて寺院の参拝とお祈りからは遠ざかっていたなと思い出す。

「お前は今から城下か?」
「そう。ブルーノも一緒に行くか? 俺が隊長の祝い品を取りに行くことになって、ガイザ達が悔しがっていたよ。抜けられない講義があるって。実技試験一発で通過出来て幸運だったな俺達」
「悪いな。俺も今から別の用事があるから城下にはお前一人で行ってこい」
「そうか」

 城下へはそう簡単に行くことは出来なかった。隊長への祝い品を取りに行くという名誉ある大切な用事を与えられたことの誇りに胸が弾んでいた。ガイザ達もブルーノも今回は本当に残念だ。

「なあ。聞けよ」

 グレンよりも頭一つ分背の高いブルーノは、わずかに身を屈めて悪戯っぽく微笑んだ。

「今の季節、調査で盛んなのはなんだ?」
「は?」

 いきなり何の話だと目を丸くする。

「今の季節……?」
「そうだ。生物学の知識がないお前には分からないか」
「なんだよ」

 いささかムッとして唇を尖らせる。ブルーノは時おり、こんな調子で突拍子もなく話題を振り、目を白黒させるグレンをからかう所があった。

「俺の知らない話を持ち出してまた馬鹿にするのか」
「まさか。そんなんじゃないさ」

 昼の光が、二人の頭上を舞い飛んで柔らかく照らしている。 季節は秋だった。夏が過ぎて、気温も少しずつ涼しくなり始めている。今日は見事な秋晴れだった。秋らしい透明な光が地面の硬い土に反射して、足下の雑草達を光らせている。
 問うようなグレンの眼差しを避けて地面の光に目を落とし、ブルーノは抑えきれない笑みが込み上げてくるのを隠した。


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