忘却の姫子

「許さない。レイズヴァーグを絶対に。おれたちをこんな目に合わせた奴らを絶対に許さない」

 ルシアスは喉の奥から絞り出すかのように、歯を食いしばりながら吐き捨てた。

「復讐をしようなどとは夢思いなさるな」

 マイールの嗄れた声音には、親が子を宥めるような慈しみが込められていた。ルシアスは悔しそうに唇を噛みしめる。

「天に坐す我等が二神(ふたがみ)よ、どうかこの愛し子の行く末に幸あらんことを」

 マイールは、いつしか老いた両目に涙を流していた。透明な雫を皺の目から流しながら、腕に抱いた御子の両頬に接吻する。
 そうして、生き残りの若き騎士を凛と見上げた。

 ユージンは軍靴の踵を揃え、握った拳を心臓に強く当て、そうして手のひらをゆっくりと開いた。生涯の忠誠を王に誓う、正式な青騎士隊の敬礼だった。

「さぁ。行きなされ」

 老婆はユージンに腕の中で安らかに眠る赤子を預ける。

「お婆。あなたはどうなされる」
「なあに。ワタシは充分に生きた。リカード陛下が天に召された今、ワタシもこの地に留まるよ」
「……そうか」

 その言葉を最後に、ユージンは片手に王の御子を、片手にルシアスを抱いて、後は振り返らずに踵を返した。
 森を分け入り、深い獣道を見付けて、そちらに足を踏み入れる。

「グレン隊長、あそこ。あそこのレム樹を越えた先に森の抜け道があるよ。ゼスト泉がすぐ近くだ」

 セレスティアの王宮仕えの者や地元民しか知らない深い森山だ。奴らにはそうやすやすと越えることは出来ない。
 ユージンはルシアスに促されるまま、獣道を真っ直ぐに進んだ。

 なぜ。こんな末路にならなければならなかったのだ。美しかった青のセレスティアがなぜ。
 問いは闇に帰するばかりだった。


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