小説 中編 | ナノ
02
一瞬、これは奇跡だと思った。

昔からの馴染みのある焦げ茶色の髪。
治ってない懐かしの猫背。
面影のある、あの時の後ろ姿。

きっと、きっと――!
俺は「もしも違う人だったらどうしよう」なんて考えも思いつかないまま、身体が動くままに身を任せ、その人に向かって走った。


「ちょっと! そこのお嬢さん! ま、待て!」


息切れの呼吸を整えながら、その焦げ茶色の髪の女の子を引き止めた。

はたから見ればナンパなんだろうな。
でも、あながち間違ってはない。

焦げ茶色の髪がふわりと揺れ、その顔が俺の方を向いて一言話した。


「……私ですか?」


懐かしいその声。
若干高くなった気もするが、あの時の声だ。

やっぱりそうだ。
これだよ、これ!
まさになまえの声。間違いない。
絶対にこの子はなまえだ。

それにしても――そう思いながら振り返ったまま俺を見て戸惑っている女の子を見つめる。

――かなり可愛い。
いや、綺麗と言うべきだろうか。
どこか面影の見えるその顔立ちも、昔は可愛い系と言う言葉が似合っていたが、今久しぶりに再会したなまえはとても綺麗だった。

しばらくその変わりように見とれていると、なまえは「あのー?」と俺に近づいた。

はっとしてなまえを見れば、下がり眉で俺の肩を叩こうとしていた様子で、遠慮がちに伸ばしていた片手をひっこめた。


「あー、止めてしまってすまん。も、もしかしてなまえ……だったりするか?」


すごく久しぶりに異性と会話した気がする。
自分で思っていたよりも心臓がドクドク煩い。
身体がじんわりと緊張に包まれ熱くなった。

なまえはと言うと、目を丸くし、小声で「え……私の名前……え?」と呟いていた。

それを聞き、俺は安堵のため息を吐いてからなまえの手を取って「俺だ、俺! 松野カラ松!」と叫ぶように言った。


「え、か、カラ松……!? うそ! うわぁ、すっごい久しぶり! 何年ぶりかな?」

「確か……12年ぶりだな」

「そんなに経つのかー、ねぇ、そうだ! せっかく久しぶりに会えたし、暇だったらカフェで何か食べない?」


まさかなまえの方から誘って貰えるとは思ってもいなく、思わず「えっ!?」と言ってしまった。

なまえは困った顔をして「迷惑だった?」と肩を竦めてたが、慌てて訂正すると、ニッコリとあの日と変わらぬ笑顔で「行こっか」と笑った。


「ず、ずいぶんしゃれた店だな……」

「あはは、前に友達と来たんだ。すっごく美味しかったし、おしゃれだったしで覚えてたんだ」


「覚えてて良かったー」と小声を漏らすなまえの姿にキュンとした。
髪を耳にかける仕草も水を飲む仕草も、何もかもが懐かしすぎて、目の前にいるなまえはもしかしたら幻覚なのではないかと疑ってしまうほどに嬉しい気持ちで溢れている。


「……なまえ」

「ん? なに?」

「その友達ってのは……えーと……」


彼氏か?
そう聞く前に、なまえは「ぷっ」と笑い「そんなわけないじゃん! 女友達だよ!」と言ってまた水を飲んだ。

その返答にホッとした。
もしもここが彼氏と来た店だったのは、俺は気まずすぎて耐えられないと思うからだ。


カフェオレとコーヒーが来ると共に、懐かしみのある昔の幼少時代の話が始まった。

そして、俺の身体には緊張感が走った。
果たしてなまえは覚えているのだろうか――子供の頃にした『あの約束』の事を。

俺はずっと12年間、再開したらちゃんと告白して付き合って、プロポーズをして結婚するという段取りをもう決めていた。
俺はこどもの婚約を信じて疑わなかったのだ



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