01
「ねぇ、あの人またいるよ」
「……またか〜」
そう同僚の女の子に言われて、隅っこの方のテーブル席を見れば、サングラスをかけた革ジャン姿の格好の男性が座っていた。
彼はかれこれ1週間前くらいから、私が勤務しているこのカフェにいつもの時間、いつもの席へと座る。
ついつい他のお客様をその席へとご案内しそうになるのだが、なんとなく今日も来るんだろうなーなんて思考回路が働いて別の場所へ座らせてしまう。
だからと言って、いくらなんでも開店の瞬間から閉店の瞬間なんて、大概ではないかと思う。
そんなにうちの店が好きなのか……。
だが、いつも頼むのはコーヒーだけ。
店長は良く「コーヒーだけで何時間も居座りやがってあのグラサン野郎!」とお怒りの言葉を吐いているのだが。
彼は毎日毎日眩しくない時間帯なのにサングラスを必ずと言って良いほどの頻度でかけてくる。青いキラキラのスパンコールのズボンと革ジャンもしかり……だ。
「飽きないよねぇ、あのグラサンも」
「だね」
うちの店で、彼は『グラサン』か『グラサン野郎』のあだ名で通されてしまっている始末。
かく言う私も『革ジャン』と呼んでいるわけだが。だって名前なんて知らないし。
同僚の女の子と喋っていたら、チャイムが鳴って『12』番の場所が緑色に点滅した。
「おっグラサンのテーブルだ、あんた注文行って来なよ。コーヒーだろうけど!」
「わ、私? もー、いっつも私が言ってるじゃん……まぁ、注文くらいは取りに行くけどさ」
同僚の女の子に背中を押され、はぁと小さい溜め息を吐いた後、注文用の端末を片手に12番席へと向かう。
「おまたせいたしました、ご注文をどうぞ」
私が営業スマイルでサングラスの彼ににこやかにそう言うと、彼はふっと笑ってサングラスを外して言った。
「ようやく来たかい、カラ松ガール……」
「……ご注文をどうぞ」
「あ、コーヒーで……」
いつも通りの『カラ松ガール』と言う帰って来る返事に、私はさすがにお客様の前で溜め息なんて吐けないので、心の中で小さく息を吹く。
いつもいつものことだが、カラ松ガールとは一体どういう意味なのだろうか。
何かの隠語……?
全然分からない。
「はい、コーヒーですね、かしこまりました。以上でご注文は終わりですか?」
「あ、あぁ」
「では、ご注文繰り返させていただきます。コーヒーが一つでよろしいですか?」
「あぁ」
「では、少々お待ち下さい」
そう言って私が厨房の中へ戻ると、同僚の女の子__美香ちゃんが顔を両手で押さえて身体を小刻みに揺らしていた。
私は泣いているのかと思いギョッとしながら、他の店員さんに「コーヒー、一つ!」と声をかけてから震えている美香ちゃんの元へ駆け寄る。
「ちょっと、どうしたの? 大丈夫?」
「くっ……だ、大丈夫……っ! くっくく……」
「え? な、泣いているの?」
「そんなわけないでしょーが!」
背中をさすれば、美香ちゃんは眉を八の字にさせて私の方をキッと睨んできた。
確かに目は赤くもなっていないし、泣いたという証拠が分かりやすい目の潤みもいない。
「もう、笑いで震えないでよ毎度毎度」
「だってさ! あの人! カラ松ガール! ぶっはぁ! も、もう腹筋が死んじゃうって……!」
「ちょーい、笑いすぎ」
笑い声を漏らしながら笑い続ける美香ちゃん。
カラ松ガールがツボにハマったようだ。
前々からカラ松ガールと言う言葉を使われていたが、何故か唯一若い女性の私と美香ちゃんの、私だけにしか彼はカラ松ガールと言う言葉を使っていなかった。
美香ちゃんが言うには「あのグラサンはあんたに気がある! 絶対! 賭けてもいい!」なんて始末。
いや、賭け事はしないけども。
だってあの日から初対面だったし、一目惚れなんてそんなドラマチックな事ないだろうし。
それに私を好きになるなんて。
よっぽどのもの好きなのだろう。
「なんか自分で言ってて悲しくなったなぁ」
「なんの話?」
「なんでもない……」
「誰か12番さんとこ持って行って!」
「私行きます!ごめん、行ってくる」
店長に呼ばれ、私が去り際に手を振ると、美香ちゃんは片手でお腹を抱えながら「行ってらっしゃい」と送り出してくれた。
……笑いすぎ。
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