02
「おまたせしました、コーヒーになります」
「あぁ、すまないな」
そう言ってテーブルに肘をつき、何とも形容しがたいキラキラとした目で私を見てくる。
はっきり言ってよく分からない人だ。
私は苦笑いが表に出ないように表情筋を引っ張って、無理やり営業スマイルを貼り付けた。
「では、ごゆっくりどうぞ」
「あ! 待ってくれ!」
「……は、はい?」
なになになに?
初めてのアクションだ。
呼び止められるなんて。
厨房にいる美香ちゃんに助けを求めようと、チラリと横目で視線を投げかけてみると、また笑いで震え顔を押さえていた。
「何かございましたか?」
「い、いや……すまない。何でもない……」
「はぁ……そうですか、では、ごゆっくり」
思わず逃げたくなり、気づかれない程度の早足でその場を立ち去り厨房へスルリと入る。
案の定、美香ちゃんが隅の方の壁に寄りかかって震えているのが見えた。
何だかムッときたので、美香ちゃんの後頭部を片手でガッチリと掴み、それを前の壁へとダイブさせた。
「ったーい! 痛い! うぎゃああ割れる!」
「はいはい、割れない割れない」
ゴンッと痛々しい音がして、美香ちゃんはしゃがみ込んで自分の頭を抱え唸りだした。
「私をネタにして笑うからだよ」
「だってさぁ、さっきもなーんか話しかけられるか!? って思って見てたのに……はぁ、絶対ヘタレだわあの人」
「そんな決めつけて」
「いやー絶対ヘタレ、賭けてもいい」
「……その言葉好きだねぇ」
賭けてもいい、本日二回目。
賭けようとしすぎでしょ。
「あー、きっとあのグラサン今日も閉店時間までいるよ、コーヒーたった一つで!」
「あれ、店長。お疲れ様でーす」
「お疲れ様でーす」
更衣室から出てきた髭面の男性。
ここのカフェの店長さんである。
彼は毎日あのグラサンの彼にたいして「時間どろぼう!」「席どろぼう!」なんて言いまくるけど。
「ねぇねぇ、何か注文してくれるように頼んでくれない? 時給あげるからさ」
時給があがる。
その言葉に思わず私は顔を上げた。
お金が欲しくてバイトしているのだから、時給が上がると聞いてそれを行わないのはただのバカだ。
私は舞い上がって「やります!」と頷いてしまった。
「ひゃー本当ですか? 嘘だったら殴りますからね。じゃあ何かテキトーに行ってきまーす!」
「きゃー野蛮、がんばれー」
「時給アップを励みにね!」
後ろから聞こえる要らない声援を耳に傾けながら12番の席へと向かった。
もちろん片手に注文用の端末とメニュー表を持って。
「お客様」
「はっはい!?」
「……ふふ」
至って横から話しかけただけなのに、サングラスの彼は動揺したのが分かりやすく顔にも身体にも出た。
身体を上下に揺らし、困惑した表情のまま勢いよく私の方に丸くなった目を向けてくる。
その様子がいつもの格好つけている感じとは違くて、私は思わず手を口元に持って行って小さく笑った。
何故かフリーズする彼。
うーん、意味不明。
多分彼の思考は一生私には分からないのだろう。
なんて考えながら「コーヒー以外にも、アイスなんてどうですか? 当店のオススメはこのベルギーチョコアイスで……」なんてちゃっかりとメニュー表のデザートページ欄を彼に向けて言い放つ。
かなりガンガン行き過ぎたかな。
あれ、怒られる気がしなくもないぞ?
なんて思考回路が働いたが、それ必要なかったかのように彼は顔を赤くし汗を飛ばしながら「じゃあ、それを!」と小さく笑った。
「ありがとうございます! すぐにお持ちいたしますね! 米内さん、ベルギーチョコアイス、一つ!」
「はいよー」
「おーお見事! さっすが!」
「いや、私別に関係ないからね?」
私がメニュー表と端末を自分のいる場所付近のテーブルに放り投げるように置いた。
「約束通り時給アップでしょう?」
「……あー、その件ね、上げとく上げとく」
「ラッキー!」
「いいなぁ!」
その言葉に思わず美香ちゃんとハイタッチをした。
よしっ。
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