01
普段通り一人暮らしのこの部屋でテレビを見たり求人雑誌を読んだりしていた時、いつもは全く聞かないチャイムが鳴った。
私の家にチャイムを鳴らす人は、せいぜい大家さんか宅急便屋さんか近所の人。
せっかく良いところだったテレビの電源を消し、ちょうど最近ネット通販をしたばかりなので、それの宅配便かと思いドアを開けた。
「いえーい! 突撃! 隣の晩ごはーん!」
「……はぁ?」
そこには私の友人のおそ松くんが立っていた。
私がドアを開けると同時に部屋の中に滑り込むようにスルリと玄関に入るものだから、私は慌てて散らかった部屋を隠そうと自室への扉をそっと閉めた。
「で、何の用? おそ松くん」
「何の用って、今言ったじゃーん! 突撃! 隣の晩ごはんって。と言うわけで俺に晩ごはん恵んで!」
そう言って両手を合わせ、縋るような目で私を見つめてくるおそ松くん。
うう、そんな顔しないでよ。
嫌なのに嫌って言えないじゃん……。
「家の人は? いるでしょ?」
「母さんと父さんは旅行。そんでチョロ松が夕飯作ることになったんだけどさ、俺がチョロ松……あー、三男ね、と喧嘩しちゃって……俺の分のご飯がねーんだよ!」
「えー、そのチョロ松くんにちゃんと謝ってご飯一緒に食べれば良いでしょ?」
「俺皆の前で『今日は彼女の家で食べてくる』って言っちゃったんだよ! そんな手前帰れると思う? 帰れないよねー!?」
ああ言えばこう言う。
と言うか『彼女の家』って!
私、おそ松くんの彼女違うんだけど!
いつ私があんたの彼女になった!
「じゃあ本物の彼女の家に行けば良いでしょ! なんて私のところに来たの?」
少しカッとなってヤケ気味に言えば、おそ松くんは「はぁ?」とでも言いたげな表情で落胆しながら言った。
「本物の彼女なんざいねーんだよ! 見栄張ったに決まってるじゃねーかボケェ!!」
「ぼ、ボケェ!? 晩ごはん食べさせてあげないよ!?」
「ごめんなさいお邪魔しまーす」
私が「ちょっと!」と引き止める間も無く、おそ松くんは私に向かって頭を軽く下げてから部屋に入っていった。
て言うか、そっか。
おそ松くん彼女いないんだ。
……まぁ、私には関係ないけど。
少し遅れてリビングに行くと、おそ松くんは無遠慮にもソファでくつろいでいた。
ほんと自由人。
兄弟も大変だろうな。
この様子だと三男くんは苦労してそうだ。
会ったことないけどね。
「おそ松くん、今日そんな凝った料理じゃないけど良いの?」
「良い! ぜんっぜん良い!」
「……そう?」
「なまえの手料理食べられるんだったら何でもいーぜ!」
「っな、そ、そう! わ、分かった!」
なるべく普通に振る舞い「待っててね」と一言残し、早足でキッチへ向かう。
ああ、なんであんなこと言うの。
もう反則、反則的。
……期待させやがって。
でも私は落ちないんだから。
逆に私が落としてやる勢いで行こう。
頬を手でパチンと叩き、気合入れをしてから何を作ろうかと冷蔵庫を開けた。
「にんじん、じゃがいも、たまねぎ……豚肉かぁ。あ、しらたきもある」
この材料だと私の中で思い浮かぶのは一つ。
言わずもがな『肉じゃが』だ。
もっとも家庭的な料理で、多分男性だったら彼女や奥さんに作ってもらうなら肉じゃがを頼むであろう圧倒的家庭的料理。
……狙ってるって思われたらどうしよう。
いや、考えすぎだって。
そこまでおそ松くんも思わないって!
ソファに寝転がり、横向きの体勢で先ほど私が見ていたバラエティー番組を見て笑い転げているおそ松くんを見つめながらそう思った。
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