03
「じゃあ、カラ松さんで良いですか?」
「いや、敬語は無しだ。さん付けも無し」
「……じゃあ、カラ松……くん?」
そう言って首を傾げるなまえちゃん。
女に免疫がない俺は、すぐにその笑顔にクラッときてしまう。
「ああ! 俺はなまえちゃんでいいか?」
「はい! じゃ、なくて、うん!」
赤面しながら言い直すその顔も可愛い。
何だろう、女神だと思っていたくらいのイヤミの女姿よりも可愛く感じる。
「それでさ、おそ松兄さんが……! あ」
「どうしたの? ……あー」
2人して店内の時計を見つめ、その時間の進み具合に2人してぶはっと笑った。
入店したのは確か4時。
今の時間はもう6時半。
つまり2時半近く話していたことになる。
不思議と会話がポンポン進み、話題も次々と尽きずに出て会話はすごく楽しかった。
彼女が出来たらこんな感じなのだろうか。
そう思えるくらいに。
「そろそろ帰るか?」
「だね、ラテとフラペチーノだけで2時間半もいられちゃ、お店としてもアレだしね」
「ははっ、確かに」
なまえちゃんのその一言で、ひとまず店を出ることになり、飲み物二つだけで店内に2時間半もとどまった俺たちを貫く店員の目に申し訳なさを感じながら店を出た。
空を見上げればもうオレンジ色。
赤とオレンジのコントラストの空だ。
もう帰るのか、まだ一緒にいたいな。
そう女の子に思えたのは初めてだった。
初対面、いやなまえちゃんは前から知っていたと言っていたっけ。
それだけでこんなに仲良くなり、連絡先も交換できた仲になれたのは女に免疫がない俺にとっては凄まじいほどの一歩だった。
「なまえちゃん」
「なに?」
最初の頃のオドオドとした印象はなく、これが素らしく、明るいままだ。
「帰るだろう? 送っていく」
「えっ……別にいいのに、近いからさ」
「だとしても、女の子を1人で帰らせるわけには行かないからな!」
そうかっこつけてみれば、なまえちゃんはぷっと笑って「やっぱイタいねー」と俺の肩をポンポンと叩いた。
「また君を傷つけてしまったのか……」とか「俺は罪な男だ……!」と言えば、なまえちゃんはもっと笑った。
十四松もこう言う想いだったのだろうか。
ふと、恋をした弟の事を思い出した。
「ほら、送ってくから」
「……うん、ありがとう」
帰路の道中、何度も手を繋ごうか迷ったが、初めてのデートでそれは早いだろうし、ガツガツしていると思われたくなくて、俺の手をずっと空を掴んだままだった。
なまえちゃんの揺れる手に目線をチラチラと向けたり、自分の手を近づけてはひっこめる。
あー、気づかれてるな、これは。
クスクスと笑うその横顔。
女に免疫がないからすぐに惚れたんじゃない。
君の人柄に惚れたんだ。
一目惚れなんて、そんな事あるわけないとバカにしていたけれど、今なら分かる。
「ここか?」
「うん、ありがとね。送ってくれて」
「ああ……またな」
「! う、うん! またね!」
そう言ってなまえちゃんは手を振り、マンションの中へ駆けて行く。
自動ドアが閉まるまで、マンションから少し離れたその前にずっと立っていた。
『またな』『またね』
……次への繋がりが出来た。
「よしっ! 今日にでもLINEするか!」
その日はすっかりご機嫌でスーパーに行って、自腹で高い肉を買って行った。
家族は驚き、何かあったのかと質問攻めされたが、誰にも言いたくない。
知られたら、きっと、いや絶対にあいつらは会いに行くって言うからなぁ。
prev|next