01
「聞いてよおそ松くん!」
「はいはい今日は何?」
「それがさぁ、今日はあんのクソ上司が……」
隅っこの席のテーブルに一人突っ伏す。
顔はもうほんのり赤く、もう少しで出来上がりそうなくらいに良い始めている。
私、なまえ2なまえは高校からの同級生兼友人である松野おそ松と、ほとんど毎日こうして居酒屋に入り浸っているのだ。
「私はミスしてないのに! 私はちゃーんと残業してまでやっとノルマ達成したってのにあんのクソバーコードが……!」
「うんうん、バーコードは本当にクソだね〜」
こうして私の嫌味な愚痴にも嫌気がさしていそうな表情さえも見せないおそ松くんに、私は内心本当に感謝している。
毎日毎日、私の愚痴の連続で、おそ松くんの愚痴を聞いたり、愚痴なしでお酒を飲んだりしている時の方が断然に少ない。
まぁ、そのほとんどの代金を出しているのは私なので、おそ松くんとて文句はそうそうに言えないだろう。
彼は所謂ニート……平たく言えば無職だ。
なのでもちろん収入はゼロ。
それどころかパチンコで削られてるらしい。
もちろん親の金で。
なかなかのクズじゃないか。
なんて思うが、こうして毎日と言っていいほどに彼に聞いている方も嫌になる愚痴を聞かせているので、私もそう考えればクズなのだ。
「すいません、生二つ追加で」
「ほんっとにオッサン臭いよなぁ」
「は? 酔ってる時だけだし、私のこの姿は家族とおそ松くん以外には見せないですし〜」
そう言って運ばれてきたビールの半分までをゴクリと一気飲みして見せれば、おそ松くんは普段通りの反応で「いい飲みっぷり〜」と小さい拍手をした。
もう顔が赤くなっている。
チラリと居酒屋の時計を見れば夜の11時。
飲み始めたのが7時だから……。
4時間飲んでるのか私たち!
大概だな、そろそろお金が危ない。
「おそ松くん、そろそろお開きにしよ。私の財布が悲鳴あげるからさ、それに今11時だよ」
「マジ?もう4時間経ったの? 早ぇー!」
「そうです4時間! うえぇ、飲みすぎた……」
「ちょっと、吐かないでよ?」
「分かってますよぉ」
おぼつかない千鳥足でレジに向かい、当然のごとく先に居酒屋ののれんをくぐって外に出るおそ松くんを少し睨んでから会計を済ませた。
さも同然のように支払いを……!
まぁ、今度は払ってもらおう。
せめて自分の分だけでも。
会計を終え、財布と睨めっこした後、外に出るとひゅうと吹く夜風が私の赤く紅潮した頬を撫でた。
あくびと共に伸びをしてから、同じように眠たげな目をこすりながらあくびをしているおそ松くんに視線を向ける。
「次は自分の分くらい払ってよ」
私が顔をしかめながら言えば、おそ松くんは悪びれた様子もなくカラカラと笑いながら「オッケーオッケー、ごちそうさんでーす!」なんておどけて見せた。
居酒屋からの帰路。
私の家とおそ松くんの家は、まぁ、どちらかと言えば近い方で、一応ご近所さんである。
なので必然的に待ち合わせて合流するときは別々だが、帰るときは必ず同じ方向に足を向けるのだ。
赤い顔のまま手をポケットに入れ、空をボーッと見つめながら千鳥足で歩くおそ松くん。
私はそれを見ながら、自分の中で勝手に一つの不安要素を掻き立てられた。
「おそ松くんってさ」
「んー?」
「彼女できた?」
「……何かと思えば彼女ですか」
そう言って耳をほじくるような仕草をする。
彼は毎日毎日、私の予定に合わせて、私の愚痴に付き合わされているのだ。
もしも彼女がいたとすれば、それはかなりその彼女さんにとって迷惑な存在となってしまう。
だから、確認のため。
「いないって……つか出来ねぇよ」
「ははっ、また自虐ですかぁ?」
「お前がそうさせてんだろーが!」
「いやぁ、安心安心」
笑いながら腕を組んで、私よりも頭一つ分ほど背の大きいおそ松くんを見上げれば、おそ松くんは数秒合わせていた視線を空にずらした。
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