小説 短編 | ナノ
03
「結局また閉店までいたねぇ」

「だから言ったじゃん! やっぱ当たってたー」


12番の席へと目を向ければ、先ほどまで座っていたサングラスの彼はもう帰っていた。


「と言うか朝から夕方まで……ニートなの?」

「ちょ、それ多分禁句」


……私より年上だと思うんだけど。
まぁ、無職だからと言って変な目で見たりはしないが、毎日毎日良く通うよなぁとは思う。


「よし、二人とも上がっていいよー」

「はーい、お疲れ様でーす!」

「お疲れ様でしたー」


美香ちゃんはこれから彼氏とデートらしく、お店から出た瞬間ダッシュで行ってしまった。

……いいなぁ、彼氏。
誰でもいいから付き合いたいってわけじゃないけど、私の歳にもなれば彼氏は欲しい。

空を見上げれば夕焼けが辺りを照らし、少しだけ幻想的な雰囲気を醸し出していた。

バックの口から一つのメモ帳を出し、その中身を確認してスーパーへと足を運ぶ。


「今日は何にしよう……」


ボソリと呟き、冷房が効いたひんやりとした空気を浴びながらスーパーの中へと入った。

毎日毎日手料理、という訳ではないが、週に4回は自分で自炊をしている。

別に得意と言えるほどではないが、他人に振る舞う事なんてないからそれほど料理には凝らないから、節約して安いものをぽいぽいと買い物カゴに入れて行く。


「あ、牛肉安い……」


しかも残り一個。
赤と黄色の丸い『半額!』とデカデカに書かれたシールが貼られた牛肉のパックに手を伸ばそうとしたら、他の誰かの手が重なった。

驚きと恥ずかしさで顔が赤くなりながら、急いで手を引っ込めてその手の人物の顔を見た。


「す、すいません! どうぞ……」

「こちらこそ……お構いなく、どうぞ……」

「えぇ、良いのに……っう!?」


う!? って何だよ私。

顔が赤くなりそうな勢いで自分を罵倒した。

だって目の前にはいつもカフェに来てくれる、あのサングラスの彼だったのだ。
今はサングラスをかけていないし、松がプリントされた青色のパーカーだが、確実にそうだろう。

相手も私の顔を見て固まっている。

あぁ、半額の牛肉取ろうとして、貧乏くさいとか、ガメツイとか思われなかったかな……!
やけに後悔して目を逸らした。

沈黙の時間に耐えられなくなって、汗を飛ばしながら私はお惣菜コーナーへと逃げ込もうとした。


「っわ!?」

「あっご、ごめ……!」


掴まれた手首。
その人の顔と掴まれたままの手を交互に見て、恥ずかしい気持ちと食品コーナーで何してんだろうと周りの目も気になってきた。

ゴツゴツしてる、やっぱ男の人の手だ。
うわ、大きい……。
やばい、手汗が……!


「大丈夫ですから! えと、いつもカフェに来てくれる方ですよね……あ、私のこと分かります?」

「わっ分かる! いつも見てるからな!」

「……いつも、見てる?」


そう復唱すると、彼は顔を分かりやすいくらいに赤くして掴んだままだった手を離した。

……なんか、可愛いな。
かっこつけてる時よりも、絶対にこっちのほうが良いのに、あのイケイケな服装よりも。


「いや、いつも見てるってのは、別に変な意味じゃなく! カフェで見かけるって意味であって!」


一生懸命弁解する彼が無性に可愛く見えてきて、自分よりも年が上の人にこんな気持ちになったの始めてだなー、と思いクスリと笑った。


「あー、と、買い物か?」

「はい、あなたも?」


あ、なんかあなたって……。
いや、別に意識した訳ではないが、なんか今の夫婦みたいな感じだったなーなんて。
はは、私、気持ち悪。


「!? お、おう! 頼まれてな……」


頼まれて?
彼女さんとか、かな。
いいなぁ、恋人って……。


「彼女さんですか?」

「いや! いないない! そんなものじゃないからな! ただ、兄弟に押し付けられて……」

「ご兄弟いらっしゃるんですか! いいなぁ、楽しそう。私、一人っ子なんですよ」


……なんで会話してるんだろう。

別に初対面と言う訳ではないが。
なんか変な感じがモヤモヤと込み上げてくる。

と言うか、同じくらいの年の男の人とこうやって話すのも久しぶりだなぁ……。


「実は俺、六つ子なんだ」

「むっ六つ子!? うそ、六つ子って……双子の六人バージョンって事ですよね……?」

「あぁ、珍しいだろう?」

「珍しいってもんじゃないですよ! 凄い……六つ子なんて初めて聞きましたよ、なんか見てみたい気も……」

「なら、今度写真でも送って見せようか?」

「良いんですか? でも、連絡先知りませんよ」


なんだ、この流れ。

でも楽しい。
異性の友人ってこんな感じか。

ずっと女子校だった私には感じられない事だったが、やっぱり話すのって楽しいなーと自然に笑顔になる。


「あー、な、なら……交換しないか? 連絡先」

「かっ構いませんよ、では、買い物終わってからでもよろしいですか?」

「あっ……すまん! 買い物の邪魔して」

「いや、お互い様ですよ……」


そして二人ともレジに並び、両手にビニール袋を抱えたまま私たちは二人で帰路を歩いた。

生暖かい風が頬を撫でる。
異性とこうして並んで歩くなんて。
……恋人ってこんな感じなのかな。
いや、これは違うか。


「じゃ、じゃあ、交換するか?」

「はい、どうぞ。これ私の番号です」

「あ、ありがとう! じゃあまた、連絡する」


そう言って笑った彼の笑顔に私の胸は変な音をドクンドクンと脈を打って鳴り始めた。

心臓の鼓動がうるさい。
夕日に照らされて、彼の顔が何倍にもカッコ良く見えて、自分でも「きっと顔赤いな」と思えるくらい顔が熱くなっていた。

小さく手を振って別れた後、私は電柱に寄りかかり、ケータイに入った新しいアカウントを見て小さく呟いた。


「カラ松さん……か、ふふ」


いつ連絡くるかな。
なんて、自惚れそうだ。


(カラ松兄さん買い物行っただけなのに遅い)
(ちゃんと牛肉買ってきた?)
(あぁ、他の人に譲った)
(はぁ!? ほんっとクソ!)
(クソ松が……)
(すき焼きなのに肉がないとかマジないわ!)
(なんであいつにやけてんの? きも)
(知らない……)



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