日が落ち、夜が更けすっかり草木も眠る頃になった。昼の賑わいも止み、本丸は静けさに包まれていた。

審神者である彼女は、手元の遠征の報告書へ判子を押し、息を吐きながら背中を伸ばした。ようやく、書類がまとめ終わったのだ。さぁ、これから布団に入り寝るだけだという時、彼女の部屋の外から声が掛けられた。

「夜分遅くに失礼するぜ」
「その声は、鶴丸…?どうぞ中に」

サッと襖が開かれ現れたのは鶴丸だ。審神者はどうしたのだろうと、疑問を感じ彼に問いかける。

「遅くにどうかしましたか?なにか相談事ですか?」
「相談…そうだな……。あぁ」

鶴丸に前に座るように促しながら、用事を聞くが的を得ない曖昧な言葉が返ってきた。
調子でも悪いのかと、彼を見やると飄々としたようで底がわからない目と視線が交わる。
彼は剽軽に明るいが、口に出すには暗い歴史を歩んできた。故に、弱音を吐露したいことがあるのだろう。

「なぁ…、主。実は昼ぐらいから胸がな苦しくてな」

金の目が光なく彼女を射抜く。妙にドギマギして、彼女すぐに目をそらす。外は風でも吹いているのか障子がカタカタと揺れた。

「まぁ…えぇと、胸が…。どうして、でしょうか?心当たりは」
「それなんだがな…」

いつもとは違う雰囲気の彼に審神者は、戸惑いながら言葉を続ける。刀剣男子の体調不良など聞いたことがない。さて、どうしたものか。

「君、昼頃に薬研といただろう?」
「は、い。いましたよ。鶴丸もいたのですか?」
「丁度、目に入ってしまってな。そして、見たんだよ」

そう言うと鶴丸は、審神者の髪を手に取り噛み付いた。カシュ、と乾いた音が響いた。

「薬研に髪へ口付けを贈られるところを」
「み、見られていたのですか…」
「いつもするのか?」
「いや、」

そういう訳ではない。薬研との軽い触れ合いは短刀たちの甘えと一緒だと感じている。
そう審神者は言いかけ、ハッとした。
鶴丸がすぐ目の前に近ずいてきている。驚いて、彼の胸板を手で押しやるがビクともしない。

「妬けるな」
「なんて……っ!?」

ちぅ、と部屋に高い音が響いた。
鶴丸が審神者の首元に鮮やかな紅を付けた。
彼女の身体はこわばり、思わず鶴丸の服の端を握った。それに対し、彼は上機嫌に口を歪ませる。先ほどから音がする障子に向け目配せをしながら、審神者にもう一度唇を寄せる。

「なぁ、主」
「なっ…やめ…」
「君は少々危機感が足りない。夜中に男が褥にくるのは……そういう意味だろう?」

二つの影がもつれ合い、倒れる。
審神者は嫌だ嫌だと手をバタつかせ、なんとか彼から逃げようともがく。けれど、無情にも両の手は床に縫い付けられ、すぐ耳元で彼を聞いていた。

「はぁ…これ以上抵抗しないでくれ。思わず、酷くしてしまいたくなる」
「やめ、つるま…ひっ」

艶かしい彼女の乱れ姿に、鶴丸は喉を鳴らし獣のように噛み付いた。

それを見ていた幼目が嫉妬に歪んでいたのは、白い彼しか知らないことだった。


戻る