本丸内はやけに静かで外の陽だまりとは対照的だった。これからのことを考えるとこんのすけは憂鬱で、今いる廊下を今すぐにでも引き返したかった。

少し前に政府内は全審神者の一斉監査に追われていた。
俗にいうブラック本丸と呼ばる、審神者による刀剣男士への暴虐がのさばっていたのだ。そして、このこんのすけがいる本丸も審神者による理不尽な暴力によって長らく苦しんできた。詳しくは口にするにはおぞましいが、ブラック本丸のテンプレをすべて満たして尚、釣りがくるぐらいだった。
はじめは刀達もこんなものなのかもしれないと健気にも耐えていたが、たびたび連れられる演練で自分達の扱いがどれ程酷いものかをなんとなく察していった。あまりの辛さに涙を流したり、不満を募らしたりと反応は様々だが、刀達には審神者に逆らう手立てがなかった。制約によって歯向かうことが禁じられていたのだ。さらに、こんのすけは審神者に拘束され札により封印までされていたため、政府にその様子が伝えられることもなく、5年もの歳月が流れた。
他の本丸で審神者の悪事が露見し、ブラック本丸摘発のためにこの本丸に監査が入った。もう逃れられないと思ったのか、最後の足掻きとして審神者は刀を刀解しようとした。証拠が減れば罪が軽くなるとでも考えたのだろう。しかし、刀達も今まで辛酸を舐め続けてようやく救われるのだ。本丸内は逃げる刀と審神者で嵐のようだった。重症で動けない刀は背負われ、短刀や脇差は屋根裏や床下を這ってまで逃げ回った。政府の役人が駆けつけた時にはヒューヒューと息を切らしながら汗だくで畳に突っ伏す審神者が見つかり、速やかに連行された。負傷しているといえ、常日戦場を駆ける刀と本丸にて怠堕に過ごす審神者では追いつくことはできず、無事刀達は逃げ切れたのだ。本丸は術師による浄化が行われ刀達もはじめれ手入れをされ、ようやく「普通」の生活を送れるようにまでなった。長きに渡る虐待から逃れられた刀達はようやく戦わなくても良いことに胸をなでおろした。
しかし、政府もそこまでホワイトではなかった。この本丸の浄化や刀達の手入れをした役人とは別にしゃしゃり出てきた役人が審神者を送るとこんのすけに言いやがったのだ。こんのすけは怒り露わにし、次は政府全職員一斉監査の番だとその役人の通信回線番号をハックして重要情報をしまうメモリに4回ほど記憶した。ブラック役人に復讐を誓ったは良いが、これからくる審神者や一時的に人間不振に陥っている刀剣男士にどう接すれば良いか困りはてていた。
刀達に新しい審神者が来ることを伝えると「無理」「駄目」「斬る」の完全拒否だった。そこをなんとか…とこんのすけが説得しようとしても皆一様に疲れた表情で「人間を見たら八つ当たりしてしまう。それが例えいい人間でも」刀達は疲れた表情で首を振った。彼らは元は人間に近しい道具として生きていたため、人間に対して優しく協力的だがいくら手入れをされても精神がまだ癒えないのだ。
さて、それを今からくる審神者様にどのようにお伝えすれば良いか…。テシテシと門へ進むごとにこんのすけは逃げ出したい気分に駆られた。

「あぁ、鬱だ死のう」
「自殺希望者みたいな挨拶ですね」

門に着くとすでに審神者が立っており、お引き取り願うことは難しいことを悟ったこんのすけはゲッソリとした表情で言った。どこの国に死亡宣言を挨拶にするところがあるのか、審神者は見当違いな感想をくれた。
パッと見た様子は、二十代前半で素朴な雰囲気をしている。霊力もまぁまぁといった平均的数値が見えるが、ただ、一つ何か術がかけられている様子が引っかかる。しかし、霊力増強や魅了系の類ではないようだ。詳しくは後で尋ねましょう。とこんのすけは審神者に改めて向き合った。

「はじめまして審神者様。わたくしはこの本丸付きのこんのすけにございます」
「あぁ、さっきの死にたいは挨拶じゃなかったんですね。はい、引き継ぎとしてきました波渦と言います」
「波渦様、この度は引き継ぎということで本丸の以前の様子や前任については確認は済んでいますか?」
「残念ながら時間が迫っていると言われて引き継ぎという事とブラックということだけしか…」

ろくに説明もされずに来たらしい。さらにギルティとこんのすけは歯ぎしりをすると、波渦は朗らかに笑いながら続けて「なので来る間際に役人の方に使えねぇーなハゲって言い捨ててきちゃいました」と親指を立てた。oh…ブラック役人はハゲとこんのすけは情報に付け加えておいた。なかなかにいい性格をしている波渦になんともなしに信頼感が湧いてきている。もしかしたら、この人なら人間不振を払拭してくれるのではないか…。

「波渦様!わたくし波渦様と一生を共にしていきます」
「どんと来いですね!」

やだっ男前…。とこんのすけが頼もしく思っている間に、波渦は玄関の戸を開け本丸に上がり込んでいた。ハッとこんのすけが気づいた時には廊下をすたすたと進み、襖を開けて刀剣男士を探しはじめていた。

「お待ちください!!波渦様!!」
「はーい?どうかしました?」
「ここは元とはいえブラック本丸です!刀剣男士達は皆、人間不振に陥っております!見つかったら斬られちゃいますよぅ!」
「大丈夫ですよー」

必死に波渦の足にしがみつき止めようとするが、またしても朗らかに笑いながら波渦は襖を開けては閉め刀剣男士を探し続ける。
一体、何が大丈夫なんだ!!とこんのすけがキャンキャンと話しかけるが馬耳東風とばかりに流されてしまう。そしているうちに、とうとう刀達が集まる広間に波渦とこんのすけは着いてしまった。もうこんのすけは、誰も抜刀していたり斬りつけたりしてこないことを祈るしかなかった。波渦方は刀達の気配を感じたのか一言挨拶をしてから襖に手をかけた。

「失礼しまーす」

その瞬間、鋭い殺気が波渦に向けられたことにこんのすけは気づき咄嗟に叫んだ。

「お逃げください波渦様!!」
「え?」

襖が開ききる前、波渦へ一直線に刀が振り下ろされた。
あぁ、何ということでしょう…!こんのすけの頭には瞬間的にブラック役人の声がちらつき、こいつが余計なことをしたせいで尊い審神者の命と刀剣男士の行先が潰えたことに絶望の二文字が浮かんだ。
審神者を理由なく斬りつけた場合、刀剣男士は危険因子として刀解されてしまうのだ。このままではせっかく前任から生き延びたのに全振り刀解になってしまう……どうすれば良いのでしょう…「あいてっ」波渦様もさぞ無念でしょう……………まだお若い…。

え?????

聞き間違いだろうか、こんのすけはの近くに転がってきた首から声が上がった。恐る恐る、首に視線を向けると波渦がホッとした表情で口を開いた。

「死ぬかと思いました…」

いや、死んでますけど?????
こんのすけの頭は生首が喋るという処理しきれない事態に、強制的に思考をシャットダウンしかけていた。
確かに波渦は斬られた。しかし、よく見ると血は全く流れておらず、襖開いたまま体も倒れない。こんのすけが呆けていると、首のない体がすたすたと歩き、転がった首を拾い上げて胸に抱いた。

「いきなり斬りつけてくるなんて酷いですよ!」
「……………え」
「キェアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!シャベッタァアアアアアアアアア!!!!!!!」

一瞬の沈黙後に阿鼻叫喚。
斬りつけた張本人だろうか、和泉守兼定は自分の刀を振りながらやばいのを斬っちまった!拭いてくれ!と涙目になっている。それを堀川国広がなんとか宥めようとしているが若干引き気味である。粟田口や来派はまるで団子のようにまとまり震えているわ、江雪左文字は青い顔で般若心経を一心不乱に唱えるわ、石切丸は鎮まりたまえと叫ぶわ。まさに地獄のようだった。刀とこんのすけがギャーギャー騒いでるうちに、波渦の体の方は畳に座り膝の上に生首を置いていた。波渦様はマイペースだなぁと叫びながらこんのすけは思った。

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「改めて…はじめまして!」
「……」
「あれ?元気ないですか?」
「波渦様、ご自分の状況を振り返ってください」

その後、ひとしきり叫び息切れだけが広間に聞こえる状況で波渦が「あ、終わりました?」と声をかけ、また絶叫が上がりそうになったところをこんのすけが仕切り直し、全員が畳に並びなんとか落ち着きを取り戻した。しかし、首を抱えた波渦が恐ろしいらしく刀剣男士達は畳一枚分離れて座っている。
首の方の波渦はもしかして粗相を…?!と見当違いに心配げな表情をしているが、違うとこんのすけは声を大にして言いたかった。

「皆様そんな真っ青なお顔で…よほど前任に酷い仕打ちを受けたのでしょう…」
「現在進行形で精神的に受けてます」
「私のような若輩者が皆様を助けるとはおこがましいですが、精一杯頑張ります!」
「いや、ほんと待ってください波渦様」

トントンと波渦の話が進む中、刀達は震えてしまい返事もできないでいる。唯一、波渦の状況に慣れはじめたこんのすけは畳を肉球で叩きながら抗議する。

「波渦様は先ほど、和泉守兼定様に斬られましたよね?」
「えぇ、スパッと」
「何故話せるんですか!!おかしいです!!首ですよ!?背中や胸元を袈裟斬りならまだわかりますが、首と体がバラバラで何故生きているんです!!」

この場にいる全てのものな心を代弁するかのような叫びだった。刀達も赤べこのように首を縦に振っている。実際に顔色は真っ青で「おばけ…」「妖怪…」「呪われる…」とガタガタ震えている。存在が神とはいえ妖怪ともいえる刀の付喪神が何を言ってるんだと、こんのすけはこのやり場のない気持ちを波渦にぶつけるしかなかった。
そんな中、朗らかに笑いながら波渦はこの生ける生首となった経緯を話した。

「私はこの本丸に来る前に、自分に呪いをかけました」
「呪いを…?」
「ブラック本丸の引き継ぎは命が伴いますからね。養成所で私はブラック本丸引き継ぎの話を耳にしたんですが…まぁ、酷かったですね。引き継ぎ審神者を何人も屠り、荒御魂になった刀剣男士たちが暴走し一夜で本丸が消滅など…」
「そんな本丸が…」
「私、その時に思ったんです。一人目の引き継ぎで食い止められたら、審神者が何人も死なずに済み、刀剣男士も荒御魂に堕ちなくても良いのではと…。そして、私は「千の肉塊になっても生き続ける」という呪いをかけたんです」

波渦の話は衝撃的だった。自分を犠牲にし、刀剣男士ひいては審神者を救いたいという切なる願いが込められていたのだ。波渦の話を聞き、人間不振の刀達の間には波渦に対する畏怖や情が湧きはじめていた。しかし、次の発言に全ての感情が恐怖一色に支配された。

「なのでミンチになっても生きてますよ!」

「ミンチって?」とハテナを浮かべる短刀に波渦が優しく「そぼろのことですよ」と笑いかけると、ヒュッと刀達の息の飲む音が響いた。もうそぼろは食べれまいと、こんのすけは死んだ目で生首審神者を見つめた。


特に読む必要がない設定

波渦
審神者養成所出身の新人審神者だよ!ブラック役人に強制的に引き継ぎにされてしまったけれど、引き継ぎ問題をなんとかしたいと考えていたから丁度良かったみたい!「千の…」とは言ってるけどミンチになっても生きてるよ!すっごーい!
審神者名の由来はみじん切りにしても再生するプラナリアの和名・ナミウズムシからきてるよ!検索するときは自己責任だよ!

こんのすけ
元ブラック本丸付きの式神ロボットだよ!前任の所業を近くで見ていたから、ブラックに対しての嗅覚は鋭いよ!波渦を送り込んできたブラック役人は必ず復讐すると誓っているよ!

元ブラック本丸産刀剣男士
ブラック本丸で苦しんできた刀剣男士だよ!人間不振になっているから、触れれば斬れるよ!波渦に対しては今は恐怖しかないよ!ホラーが苦手みたいだよ!

ブラック役人
ゴミ人間だよ!波渦曰く、頭髪が薄いそうだよ!

前任
クズ人間だよ!今は牢屋で暮らしてるよ!


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