彼女が不憫




頬をシーツにぴったりとくっつけても彼の香りすら残っていない。当たり前だ。薬研は香水を好まないから、いつも石鹸の微かな香りがするだけだ。
シーツを散々乱した後、必ず洗濯をしてそれから家も綺麗にして出て行く。立つ鳥跡を濁さず。それが、少し悲しい。
こんなことを言ってしまったら面倒臭いと思われてしまうかもしれない。彼女でもましてや浮気相手でもない。パッと会いに来てパッと抱けるお手軽な泡屋と一緒なんだろうな。あぁ、ちょっと考えると深く思考に落ちてしまい、ナーバスになる。もっと馬鹿になってしまいたい。

「何か考え事か?」
「んー…明日の朝は何を食べようかね」
「冷蔵庫になんも入ってなかったから、ちゃんと買い物行けよ」
「自分一人だとね、作るのが面倒くさいんだよ」
「外食ばっかは身体に悪いからな」

なんでそんな優しさ見せるんだ。ますます好き。優しくするからつけあがって、何でも差し出してしまう。体も心も差し出しても、私はその分だけ磨り減るだけなのに。
恨めしくなって彼を睨む。

「どうした?」
「…私より冷蔵庫事情に詳しいからくやしい」

本当は違うけど。

「何言ってんだ。俺は帰るからな…戸締りしろよ」

呆れた顔して頭を撫でられた。あぁヤダヤダ。彼がまた来ないかと期待してしまう。薬研はずるい人だ。
白シャツにネイビーのジャケットを翻しながら玄関に向かう彼はかっこいい。儚い顔をして豪快な動作をするギャップに胸がギュッとなる。
下着しかつけてない身体に毛布を巻きつけて、薬研を追いかける。
この瞬間はいつも悲しくなる。いかないで、と言えたらいいのに。言ったら、彼はどんな表情をするんだろう。嫌われたくないから全部口の中で呑み下す。いやはや、私は朝ごはんより薬研の愛情が欲しいよ。

「じゃあな」

振り向いて、髪の毛をサラサラと指で掬われる。あぁ、その手が私を縋ってくれればいいのに。私は薬研に縋りたくても縋れないから。

「結構な回数来るんだから、合鍵渡そうか?」
「いや…いらない」
「そっ、か」

私の心を貰ってよ。お願いだから。


戻る