「あんなに泣き虫で弱い虫だったのに、縋りもしないなんて…つくづく近侍のしがいがない人でしたよ」

宗左兄様は思い出した様にあの人を責める言葉を吐くけれど、その目は寂しがりの目をしていた。

審神者がお嫁に行った。
政府が引き合わせた男の審神者の元へ嫁ぎに行った。けど、決してめでたいものではなかった。何故なら、結果や体裁ばかり気にし刀剣たちを虐げ政府に媚を売って何とか審神者を続けている四十路も過ぎた醜男だった。
はじめ本丸中で結婚に大反対した。そんな男に大事な主を嫁ぎに行かせるわけがなかった。初めて顔を合わせた時、主を見る目が値踏みし舐める様な視線をしていた。と初期刀の歌仙がしきりに詰っていたのを覚えている。刀剣全員で主が男と会わないよう、縁を結ばないよう力を尽くした。

しかし、政府はそうもいかないらしい。

奴らは術師を本丸によこし、刀剣をみんな神封じの呪いで封印しだした。本丸全体で抵抗したけれど、依り代であり本体である刀に呪いがかかると見る間もなく人を保てなくなる。主を逃がしながら術師を阻むため、率先して何振りもの刀剣が足止めに入った。けれどそれも上手くいかず、残るは宗左兄様と僕が側にいるのみとなった。

「審神者様どうか抵抗をやめて下さい。我々もこのように付喪神を封じるのは心痛ましいのです」

散々仲間達を封じ、追い詰めておいてよくそんな戯言を吐けるな。口にはしないけれど、胸内ではどす黒い感情が湧き上がる。殺してやりたい。と震えた刀の切っ先は、奴らの喉元をさしていた。
宗左兄様も同じ気持ちだろう。刀を握る腕の筋が張りつめている。主がいる手前、守りの姿勢でいるが身体は政府の奴らへ向いている。

「…神封じなんて姑息な真似をしておいてよく言えますね。主、貴女は聞く必要ありません。さぁ早く小夜と向こうへ逃げてください」
「宗左…、私はこれ以上逃げたくありません」
「何を言っているんだ!封じられた刀を思うなら、ここは僕に任せ逃げてください」
「……私は、私の刀は」
「主…?」

宗左兄様が主を逃がそうと後ろへ押しやるが、主は俯いて兄様の着物の袖を掴んだ。ぎゅっとよった桃色の袖と、血の色がない白い手が対比的で余計に頼りない手に見えた。けれど、主は震える手をしているのに下から覗く瞳からは強い意志が浮かんでいた。

「私の刀は、私が行けば、」

か細い声で、すがるような声音で、目の前の政府の者へ問いかける。悪鬼に命からがらに縋る人間のような、自分を破滅に落とす言葉だった。それを聞いた瞬間、宗左兄様の悲しさと憎しみと殺意の混じった瞳を見たのが僕が主の刀として見た最後の記憶だ。

あの後のことを知るのは宗左兄様しか知らない。兄様は詳しいことは口を閉ざし続けている。けれど、僕は知っている。あの日、主が握り締めた着物の袖を撫でていることを。

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