子供の日。

それは、子供(特に男児)の健やかな成長と将来の大成を願う行事だ。最近では省略されているが、五月人形や鯉のぼりに菖蒲湯など縁起を担ぎ盛大に祝われるべき行いだ。子は宝というのは長く変わらぬ考えだ。
ふと、カレンダーを見つめていた審神者は数字の羅列から庭先へと目を移す。先ほどからキャッキャと賑やかなそこには、多くの短刀が鬼事を楽しんでいる。なんとも可愛らしいと彼女の頬が緩む。

「長谷部はいるか?」
「お呼びですか主」
「ははは、いやに早いな」

へし切り長谷部は呼べば来る。そんな言葉を思い出し、ふと呼んでみれば襖影から声がする。恐ろしいくらいだと審神者は笑いながら、長谷部を手招く。

「長谷部、私は子供の日を祝いたいと考えている」
「子供の日…」
「稚児の成長と大成を願う日だよ」

話を聞いた長谷部は内心、首を傾げた。この審神者がいる本丸に稚児も、ましてや人の子もいないからだ。いるのは神と審神者だけ。さらに言うなれば、一番の稚児は審神者だろうと本丸内にいるものは口を揃えて答えるだろう。
それを見抜いたように彼女はくつくつと笑いながら、難しい表情をした長谷部を見やる。

「何…行事にかこつけて美味しいものが食べたいだけだよ」
「はぁ…主命とあらば」
「ははは、すまんな。今日の夜の献立は……歌仙だったかな。歌仙に伝えておくれ」

今晩は馳走だな。とホクホクしながら、審神者は長谷部の背中を見送る。あの堅物真面目は祝いにも全力投球だ。今夜もまた彼に縁ある地域の唄でも酒の肴に希望しよう。鯉のぼりの歌を口ずさみながら、審神者は執務室へ向かう。飾り障子で桜が透けて伺えるそれを開けると彼女は狐を呼び出した。

「こんちゃん」
「如何なさいましたか審神者殿」

ポンと小さな破裂音と共に煙を纏い現れたこんちゃんこと「こんのすけ」へ審神者は淡く微笑む。

「ちょっと買い物をしたくてね。頼めばすぐ届くのだっけ?」
「はい!もちろんでございます」
「ははは、便利になったものね」

こんのすけの頭をのの字に撫でならがら彼女はふむ…と少し考えるように目を伏せる。そんな彼女に、はてどのような買い物か?とこんのすけは下から彼女の陰るまつ毛を眺める。

「鯉をな、買いたいんだ」
「鯉……。池にいるものでは足りませんか?」
「いや、水の中のじゃなく空を泳ぐ方だよ」
「空を…」

審神者は手を空でヒラヒラと泳がせるような仕草をする。それをこんのすけは目で追い、はー、ほー、など息を吐く。

「登り鯉のことでございますね」
「そうそう。大中小と三匹の」
「ははぁー……わかりました。すぐにお取り寄せいたします」
「よろしくお願いいたしますね」

現れた時と同じように煙に巻かれながらこんのすけは消えた。それを見送ったあと彼女は踵を返す。さて、鯉は一時間もせずに届くだろう。届いたら背が高い大太刀や槍などにまかせようと彼女は算段をたて今度は厨へ向かう。

「やぁ、光忠。昼の仕込み中に悪いね。少しいいかい?」
「あぁ、主…君が厨に来るなんて珍しいね」
「ははは、作りたいものがあってね。頼むだけもあれだから手伝いにね」
「作りたい……長谷部くんが言ったことかな?確か、子供の日?」
「本当に彼は早いな」

燭台切は審神者の発言に笑いながら、手を洗い向き合う。はじめ長谷部くんから話を聞いた時はなんて酔狂なと思ったけど本当にするんだ。と燭台切は琥珀の瞳を細める。

「それで何をするんだい?歌仙くんは夕餉の調達に行ってしまったから、僕じゃあ不足だと思うけど」
「謙虚だな、ははは。君は洋物が得意だけと和物だって出来るだろう」
「歌仙くんには劣るよ」
「まぁまぁ、水掛になるから一旦止めよう。それに君が得意な事さ」

戸棚から菓子の本を取り出し、燭台切に渡しながら審神者はにっこり笑った。

「君がいた郷土の菓子はずんだ餅ってあるだろう?それを応用してずんだ餡の柏餅作りたいんだ」

それを聞いた燭台切は彼女に劣らないぐらいにっこり笑った。


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