一部、不快表現を含みます。


楽しいことが好きでした。

小さな頃から楽しいことが心底好きでした。具体的に言うと、アリの巣に水を入れて床上浸水させたり、トンボの羽を千切りとって地面に放置プレイしたりしました。またある時は、雨上がりの水溜りに小さな魚を放して何日生き延びることができるか。
とにかく、極小さい世界で生きる生き物を実験の様に扱い、惨たらしく殺戮するのが好きでした。ちなみにこの実験結果は、アリは全滅出来なかったし、トンボは通りすがりの鳥の糧になり、魚は家の猫のおやつになった。
誰もが悪いとわかっていても、ついやってしまう幼児ゆえの無邪気な行為の一つでしょう。ほら、小学校の頃に自分じゃない人のその様な行為を見たことは誰しもあるでしょう?
それをしてる間は、ある意味快楽殺人者で実験教授でもありサイコパスの様なものです。

そして、この本丸を統べる審神者はその様な「悪い」行為が今だに止められない幼児のような性格でした。
畑で捕まえたモグラを木に吊るしたり、鳥を石で打ち落としたりをやっていました。審神者も幼児ような性格とはいえ成人間近でしたから、殺戮対象は幼児期より多少大きくはなっていましたが。
本来なら周りがそれを諌めるべきでしょう。
しかし、この本丸に審神者を止める人はおりません。正しく言うと、人は一人もいません。代わりに神が審神者の周りに沢山いました。
この神が審神者の殺戮行動を止めないのは、甘やかしと憐れみの情を持っていたからでした。神は自分より矮小な生き物を屠る幼稚な審神者が可愛く、そして可哀想だと思っていました。人間とは神から見れば皆等しく憐れで可愛く見えるのですが、審神者はまた一入そう思えるような人間でした。さらに、審神者は懐に入れた存在にはどこまでも優しく大切にするものでしたから、神たちは自分達が審神者から愛されているならそれで良いと思っていました。

さて、きょうもマッドサイエンティストのように小動物を殺そうとしていましたら、なんということでしょう。虫も動物も見当たりません。

あぁ、どうしましょう。
審神者は頭をボリボリ掻きました。

「いない」

ボリボリ

「虫もネズミも」

ボリボリボリボリ

「鳥だっていない」

ボリボリボリボリボリボリ……バリ




「ああああああああああああああああああぁぁ!!!!!いないっ!!!なんでっ!なんにもいないのっ?!!!!好きなのに!!!好きだから殺したいだけなのに!!!あああああぁっ!!みんな僕が嫌いなんだ!!!あぁ……あ、やだよ!!やだぁ!!おかあさんとおとうさんは愛してくれたのに!!みんなはいらないって捨てるんだ!!やだぁぁああああ!!!いやだぁああ!!あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!」


バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ


髪の毛が抜けて、頭皮から血が出て、短い爪が割れても尚、審神者は激しく叫びました。その叫びを聞きつけた刀剣達は急いで審神者の元へ向かい頭を掻き毟る手を止めさせ、落ち着く様に宥めすかします。

大丈夫だよ、主。あるじさまがころされるなんてありえません。主君は僕たちがお守りします。殺されるまえに暗殺しますよ。叩き斬ってやるから泣くんじゃねぇよ。あんたは俺たちに守られていればいいんだ。大将、頭を見せてくれ痛いだろう。今日はたまたま動物がいなかっただけだ大丈夫だぞ。茶でも飲んで落ち着くんだ。それなら、甘いものもつけてあげるよ。心配せずとも主様はいいんですよ。

十人十色な返答をしても審神者は叫ぶことを止めず暴れました。やだやだと駄々をこねる子供の様です。誰も手がつけられず、気を飛ばしてしまおうかと声が上がった時に審神者の初期刀である山姥切国広が言いました。


「主、俺を殺せ」


ピタリ、と暴れていた審神者が山姥切国広の一言で泣くことを止めました。

「いいの?山姥切、僕のこと好き?」
「あぁ、主のことを一等大事に思っている」
「やったぁ……」

そう笑って審神者は気が緩んだのか、意識を失いました。そんな審神者を抱き締める山姥切国広は、心底愛おしいような目を審神者へ向けました。






















昔の話です。
子を産んだにも関わらず、暴力を振るい殺そうとした男と女がいました。どちらも気狂いの類だったのでしょう。
子に手をあげる度、愛しているから殴るんだ。愛しているから蹴るんだ。と言いながら子を傷付けました。
子には、親は絶対でしたからその言葉も疑いなく信じ、自分は愛されていると血だらけになりながら幸せを感じていました。それはきっと仮初めの脆い感情でしかありませんでしたが。

しかし、その男と女は死にました。
腹を刺されて死にました。「虐待者」にはふさわしい呆気ない死だと皆言いましたが、殺した犯人を聞いた途端、顔が恐怖に引きつりました。

殺したのは、その子供でした。

愛しているから、二人を殺したんだ。
子はそういって笑いました。あまりにも純粋な笑顔でした。
それを知った周りは子を隔離や拘束しようとしましたが、警察を通して政府が国で引き取ると申しました。子は捨てられる様に国に差し出されました。

今、子はどうしているか。
きっと神のそばに召されたでしょう。


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