廊下では和泉守兼定が忙しなく歩き回っていた。

常日頃、世話になっている主に感謝を伝えたい…と兼定は思い立った。
審神者は自分を信頼し意見を聞きつつ、戦場ではしっかりと指揮を執る。更に怪我をしようものなら、すぐに手入れをし気遣ってくれる。そんな優しくしっかりとした彼に感謝を伝えたい半分、自分を気にしてほしい半分で先ほどからウロウロとその場を行ったり来たりしていた。
すると、廊下の向こうに目当ての人が現れた。

「おー兼定だ。どうした?」
「…ぃや、なんでもねぇ…」

感謝をいざ口に出そうとしたが、審神者を目の前にすると恥ずかしい。
顔が赤くなっている兼定に審神者は首を傾げ、大丈夫かと確認を取ろうとした。

「大丈夫か?兼定」
「あ、あぁ……大丈夫だ」
「ならいいけどよ。……」
「…その…あ、主のことなんか好きじゃないからな!」
「えっ…はぁ…」
「あっ……」

違うだろ!いきなり過ぎんだろ!と兼定は自分に突っ込みを入れ、訂正しようと口を開いたが、喉がつっかえて言葉にならない。しばらく(といっても3秒もしない)口をパクパクと金魚のように動かしたが、結局審神者の前から逃げるように去った。



「なぁにあれ……」
「兼さんだよ」

加州清光は爪紅を塗りながら嫌そうな顔をして部屋の隅を見た。それに対し堀川国広は、苦笑しながら頬を掻いた。

「鬱陶しいんだけど?何、兼定なんかしたの?」
「うーん、それがよくわからなくて…お茶飲む?」
「飲む」

爪を気にしながら湯呑みを受け取った加州は、兼定が包まる布団の塊を見やる。
いつもの自信たっぷりの姿と相反する姿だ。布団の塊からは、ブツブツとなにか言葉が聞こえてくる。
そんな時、襖がサッと開き内番だったらしい大和守安定が入ってきた。

「げつ……安定。爪紅がズレるから寄ってこないでよ」
「うーわーまた臭いやつ塗ってる……。頼まれても近づかないから」

軽く貶しあいつつ、安定は畳にドサリと腰を下ろした。そして、部屋の隅の白い塊を不思議そうに見やる。

「なにあれ」
「兼定がめんどくさい感じ」
「ふぅん……」

堀川に無理やり布団から引っ張り出され、ヨレヨレになった兼定が出てきた所を指を差しながら加州に尋ねる。
めんどくさいんだ。関わりたくない。と安定は瞬間的に思った。

「ほら兼さん!シャキッとしてよ。主さんに笑われるよ?」
「主……ははっ……俺は主に嫌われちまったかもしれねぇ……」

いつまでもヨレたまま動かない兼定に、主の名を使い諭すと急に薄ら笑いを浮かべる。一体どうしたんだと、堀川が困惑していると勝手に淹れたお茶を飲んでいる安定が声をあげた。

「なんか、さっきもそれ聞いた気がする……」
「は?ってゆーか主がどうした訳?」

ふむ、と考え出す安定に主という言葉に反応した加州が興味深く目を向ける。

「さっき主から、俺は皆に実は嫌われているのか?って泣きながら聞かれた。僕は愛してるよ、沖田君の次ぐらいにって言ったけど」
「ちょ、なにそれ?!」
「え?あぁ、主ってすごく誠実な所が魅力的だな、」
「そこじゃなくて!!」

嫌いとはどういう事だ!と加州が安定に問いただすと、審神者がさめざめと泣きながら死んだ目で聞いてきたらしい。

「なんでそうなった訳?!ありえないんだけど!!」
「まぁまぁ、加州君落ち着きなよ……確かに突拍子だけど」
「知らないようるさいなぁ……。誰かに嫌いとか言われたんじゃない?」

堀川がなだめても尚、ギャイギャイと騒ぐ加州に嫌そうな顔をしながら憶測を話すと、兼定の肩があからさまに跳ねた。

「……ふぅん?」
「……まさか、」
「兼さん……」

三対の瞳は氷のように冷えていた。のちに兼定は歌仙にそう泣きついた。

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