ななつ数えておしまい


三年い組に在籍するかん太は、戦孤児だった。

まだ這うことしかできない赤子の時に、戦に巻き込まれ両親と里を失った子供だった。
両親は致死に達する出血をしながら、彼を必死に山へと連れていき、ようやく辿り着いた大木のウロへ我が子を託して息絶えた。そのままなら、きっと人に見つからずに彼も両親の後を追う様に息絶えるはずだった。
しかし、数奇なことに両親の血を嗅ぎつけた山犬に彼は拾われた。丁度、山犬が雌だったのが彼の生き延びた理由だ。ある程度もの心ついた際に山犬が口数少なに彼に本当の親の顛末を聞かされたが、どの様にして伝えたれたかは彼のみぞ知ることである。
それから、かん太は山犬の母に見守られ、獲物の匂いを嗅ぎ分けること、数十里離れた山犬の遠吠えを聞き分けることを一通り教えられた。そして彼が山犬として育ち、七つになった時に母であった山犬と死に別れた。人間と山犬の寿命の違いを知らぬ彼に母との別れは耐え難く、冷たい亡骸にすがり三日三晩泣いた彼は疲れて眠った。
その間、マタギであり彼の里親となる老人に拾われたのだ。はじめ、かん太は見慣れない景色に戸惑い老人に威嚇しては山に逃げようとばかりもがいていたが、ある日パタリと逃げなくなった。
それから人間として彼は老人の訛った言葉を覚え、道具を扱い、老人の狩りに付き添い育った。獣として育った子とは思えないぐらいの教養をたったの三年で習得してしまった。さらには、犬のようにきく鼻、数十里先も見通せる目と三つ先の山の雷さえ聞こえる耳を持っていた。老人はそのことに驚き、そして考えた。
このまま、この山奥にいては彼のためにならない。彼を広い世界へ出してやり、自分のしたいように生きる術を学ばせなければ…と。
老人はその昔、忍びだった。その伝を使い、遠方にいる友人へかん太を託した。

「それが自分です」

ゆっくりとお茶を啜り、かん太は懐かしそうに語った。夜も更けゆく縁側には、彼と耳を傾けていた老人しかいない。

「…そうじゃったのか」
「はい、俺が丁度ここさ来てから三年。そろそろ話しても良いかと思いまして」
「…そうか。それは、仲間にはまだ話せんか?」
「この学園さいる間は学園長にだけ、お話ししようと考えていだので…話せませんね」
「ほぅ…」
「たわいもねぇ昔話です」

お茶おしょうしでした。お休みなさい。と微笑み去った彼の後ろ姿に白い山犬が透けて見え、学園長は目を細めた。

「……何故、お主が獣を捨てきれたか…。聞き忘れてしもうたわい。」

しゃがれた独り言は誰にも聞かれることは無かった。




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