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食堂に響いた声はなんだか、波乱の予感を含んでいました。



「なにおう!?」

突発的な言葉に唖然としていると、それに団蔵が声をあげた。
え?なにこの空気?タイマンでもするの?と首を捻っていると、喧嘩腰な赤い髪の子がさらに言葉を繋げる。

「アホのは組は迷惑ってことを知らないんだな!」
「おばちゃんに聞こえるように言っただけだろ!?」
「それが迷惑って言うんだよ!!」

売り言葉に買い言葉。赤い髪の子と団蔵がやいのやいのと言い合う。赤い髪の子の友達?かな、は喧嘩する気は無いみたいで、は組のみんなと話している。

「また始まっちゃったね、虎若、三治郎」
「ほんとにごめんね庄左エ門」
「伝七は俺らの中でも喧嘩っぱやくて…。うるさい団蔵も団蔵だけど」

それどころか謝っている。なんだろう、その対立図。すごく赤い髪の子が不憫だ。少し眉根を寄せていると、頬っぺたが林檎みたいな子がぽやんと微笑んだ。

「あ、君が転入生の?」
「うん、近嵐弥太郎っていうんだ。よろしくね」
「僕は上島一平だよ」
「僕は、今福彦四郎」
「俺は任暁佐吉。よろしく」

学園の人はみんな綺麗な名前を持っているなぁ。名前に汚いとかは無いだろうけど、みんなの名前は素敵に聞こえる。ぽーと考えていると、反対側から声をかけられた。

「弥太郎、はやくランチ食べないと遅れるぞ」
「あ、きり丸…」

二つのお盆を持ち、きり丸はすたすたと席についた。あ、持っていってくれたんだ…。後を追いかけて隣に座り、ありがとう、と笑うと別にぃと緩い返事が返ってきた。きり丸って優しいなぁ。と思っていると、前の方からくすくすと笑い声がした。

「きりちゃん、今日はやけに親切だね。明日は雪でも降るかも」
「茶化すなよ乱太郎」
「お魚おいしーい!」

にこにこ、というよりにやにや、と笑う乱太郎の言葉に首を傾げると、しんべヱが魚を頭から丸かじりしながらきり丸がドケチである事を僕に伝えてくれた。それと、親切がどうやったら明日の天気が雪になるか解らない。より一層首を傾けるとゴキって鳴って痛かった。とりあえず、ご飯食べよう。

話をしつつランチを食べ終え、お盆を片付けると、隣に大きな影が並んだ。もしかして、先輩かな?とちらりと横目で伺うと、目がバチっとあった。

「あのさー」
「は、はい!」
「見たことない顔してるけど、アンタが転入生?」
「はぃ!えと、近嵐弥太郎です」
「ふーん」

なんで転入生っては知ってるのかな、忍者だからか、と脳内完結する。話が途切れてしまいお話は終わったはずなのだけど、先輩は僕をジロリと睨まれる。…いや、睨んでは無いんだろうけど、背丈がとても高いから僕からしたらそう見えるだけで、きっと睨んではないはず。…はず。
若干、先輩からの視線にびくびくしていると何を思ったのやら手をむんずっと握られた。

「俺、次屋三之助な。ちょっと付いて来て」
「へっ?!」

ずるずるというか軽く宙を浮くぐらいの速さで僕は、驚き叫ぶは組のみんなから離れて、あれよあれよと長屋の方に連れて来られてしまった。何処に行くのですか?と聞いても、次屋先輩はうん、としか言ってくれません。
これはアレですか?校舎裏呼び出しっていうアレですか?半泣きになって、次屋先輩に手を掴まれ浮くこと少し。次屋先輩は急に立ち止まり、何処かの障子を勢いよく開けた。

「ただいま」
「……ただいまじゃねぇよっ!!」

バチッと勢いよく次屋先輩が橙の髪色の先輩に吹っ飛ばされた。何あれ、怖い。

「作べーの愛が痛い」
「うるせぇ!何処行ったと思ったら、なに一年生拐って来てんだ!!」
「いや、つい」
「ついじゃねぇよ!!」

二人が話している間にも、次屋先輩の頭はバシバシ叩かれている。痛そうです。話に入れないし、なんだか置いてけぼりをくらっている。どうしたらいいのか解らずキョロキョロと周りを見渡すと、意思の強そうな眉の人と視線が合った。

「…あぅ」
「…お前が転入生か!なかなかに可愛い奴だな!!」

その人はにかっと笑い、僕は神崎左門だ!と続けた。慌てて僕も名前を言うと、ほげーと眺めて来た。先輩方の目力が凄すぎて、僕死にそう。

「礼儀正しいな弥太郎は」
「いえっそんな、至らない点だって…」
「謙遜しなくていいぞ!僕は、弥太郎が気に入った!だから、なんでも聞くといい!」

どんっと胸を叩いて神崎先輩は笑った。おっ男前…。その時僕は、ある事を思い出した。

「あっ!えと…じゃあ、あの」

僕は神崎先輩に、おずおずと授業に体力が着いていかない事とこれから体力をどうつけるべきかをお話した。

「体力?」
「はい…」
「だったら、三之助に聞くのがいいぞ!なんたって体育委員会だからな!」

体育委員会?あの体育用具とか点検して、体育祭を企画する委員会?なんで体力?まず、委員会なんてあったんだ…。
頭に三個以上の疑問符を乗せて、次屋先輩の方を見ると、橙の先輩の説教が終わったらしく、ぽけーとした目と僕の目が合った。

「ん?あぁ、よく七松先輩にいけどんマラソンに連れてかれて夜中まで帰ってこれねぇし、殺人バレーなんかも本気出さないと死ぬし、体育委員会って大変だよなー」
「今までよく死ななかったな…」

顔を真っ青に染めた橙の先輩は、まるで次屋先輩を幽霊を見るような目で見た。死ぬような委員会に所属しつつも、なおご健在な次屋先輩って…。

「次屋先輩はすごいですね…!」
「へ?」
「すごいです!」

先輩かっこいい。と更に力んで言うと、次屋先輩は暫くポカンとした顔をした後、胡座のまま後ろに倒れてしまった。
え?え…どうしよう、も、もしかしてお気を悪くしたんじゃ…と考えて泣きそうになる。膝立ちにずりずりと先輩に近づき肩を揺らす。

「つ、次屋先輩?」

恐る恐る呼びかけると、先輩はいきなり起き上がり僕は硬い胸板に顔をぶつけた。ふぐっと息が止まりかけた。

「なにこの可愛い生き物」
「うぐっ」

ぎゅーっと背中に手を回され抱き締められる。次屋先輩は身長が高いから、ちびっこの僕はすっぽりと腕の中に収まってしまう。

「作兵衛、飼っちゃだめ?」
「おいコラ、こいつはペットじゃねーぞ」
「めちゃめちゃ可愛いー欲しいー」

可愛いってなんですか!?
むーむーと唸りながら次屋先輩の背中を叩くと、ようやく新鮮な空気が吸えた。空気美味しい…と呼吸の大切さを身に染みて感じていると、ゴチンという痛々しい音が上がった。

「ってぇ…」
「うわぁ…」


どうやら橙の先輩に次屋先輩がまた殴られたようだ。大丈夫かな?とわたわたしていると神崎先輩と目が合い、へらりと笑っていらっしゃった。



賑やかな先輩達。

そういえば、橙の先輩のお名前をまだ伺ってなかった。

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