▽ 3
千晶side
騙されているかもしれない、そう思ったこともあった。しかしあえて考えないようにしていたのだ。それは全て、春臣との幸せを手に入れるために。
自分はただ春臣に愛されたかっただけ。自分の気持ちに素直になって甘えて嫌なことから目を逸らして...その結果がこれだ。
自分はただ利用されていただけ。きっと今回のように春臣に裏切られている場面を目の当たりにしなければ自分は今もなお何も見ないフリをしていた。そうして春臣の都合のいいように動かされ最後はゴミか何かのように捨てられていたに違いない。
― それでももう少し長く春臣と静かに過ごしたかった。
そう心の隅で湧く気持ちに嫌気がさした。
あんな最低なクズ野郎...次からはもっと徹底的に、全部奪って底辺まで堕とす。
手に入らないなら全てを奪って追いつめて苦しめてやる。そして何も与えない。欲しいものが与えられない苦しさを春臣も知ればいい。
そうして最後はどう追いつめてやろうかと考えていれば飛んで火に入る夏の虫とはまさしくこのことか、と。春臣から千晶の元へとやってきた。
楽屋に押し込められる体。殴られた頬。
生き甲斐である仕事ができないことで冷静ではいられず怒りに身を任せているのか、こんな人の多い場所で暴力を振り始める春臣。
そこにはいつも周りの目を見て冷静に立ち回るスカした男の姿はなかった。
― これはまだほんの序章に過ぎないんだよ、春臣
そうして千晶は躊躇なく自身の服を引き裂くと大声で助けを呼んだ。すぐに集まる人の中には当然マネージャーであり父親でもある京太の姿もあった。
「助けて父さん!!春臣が...春臣が、」
青褪めた顔をして振り返る春臣の唇は震えている。手は力なくおろされそこにはもう覇気はなかった。
京太の悲痛な声を聞いて本当に全てを失ったと理解した春臣は何を言うでもなくただただ固まるばかり。
すぐさまADやスタッフに床に押さえつけられる春臣に目を向けることもなく京太は千晶の元へと駆け寄り強く抱きしめてきた。
その時京太が何を言ったかは覚えていない。しかし顔を床に押さえつけられてもなお抵抗ひとつせず全てを諦め死人のようでいる春臣を見て千晶の目からは涙が溢れた。
それは演技ではない。
千晶は最後までその涙のわけを考えはしなかった。
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