それは幸福 | ナノ
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 「またこのパターンかよ、マジでありえねぇ」

 夜も遅い時間、宿泊ホテルの廊下にて。春臣に肩を貸してもらいフラフラと歩くのは酔いがまわり顔を赤く火照らせた千晶であった。
 何ともデジャブな感覚に身の内からは苛々が込み上げてくる。

 「お前、部屋どこだよ」

 「俺のへや、とおい...はるおみんとこで寝る」

 「...最悪」

 やや呂律の回らない舌足らずな話し方が妙に癪に触る。こちらの拒否権が無いのをいいことに自由奔放過ぎではないだろうか。

 しょうがない、と春臣は自身の部屋へとトボトボ連れて歩いて行った。
 
 「寝る支度だけは自分でやれよ。」

 シャワーを浴び終えた春臣は歯を磨きながら椅子でウトウトとしている千晶を小突く。
 いくら顔が綺麗でも小汚い男と共に寝るのだけは勘弁して欲しかった。

 「なんで、はるおみいるの」

 「俺の部屋なんだから俺がいて当たり前だろ。お前がここで寝させろって言うから嫌々連れてきてやったのに」

 ぶつぶつと小言を言うが耳に入っているのかいないのか、特に返事がないまま千晶は立ち上がるとシャワーを浴びに行ってしまった。

 「本当勝手な奴...」

 最近の若者は〜というほど自分が老けているとは思わないが、あまりにも会話のコミュニケーションが乏しいのではないだろうか。
 別にニコニコ楽しく会話がしたいわけではないが、質問に答えたことに対して返事くらいしたらどうだろうかと思えてならない。
 ふと、こんな時誠太なら1の返答に対して10で更なる質問が返ってくるだろうな、と考えてしまった。

 ― そういえば誠太からはあれ以来何もないな。

 長期ロケで離れているからかもしれないが、あの誠太なら週末に会いに来てもおかしくないと思っていた。
 自分が言うのもなんだが、それだけ誠太は春臣信者であり、しつこい追っかけでもあったのだ。
 それがこの長期間、まるで音沙汰無しとくれば...考えれば考えるほど恐ろしい思惑しか思いつかなかった。

 「あぁ...帰りたくない」

 寝支度を済ませた春臣は部屋を薄暗くしてベッドに横になった。
 早く前のような生活に戻りたい。千晶とも誠太とも離れ、京太とぬくぬくしながら好きな俳優の仕事もして...そして、

 段々と遠のいていく意識。

 その時、意識の端でギシリ、とベッドが軽く軋んだ。

 「春臣...」

 シャワーを浴びて酔いが覚めたのかいくらか元に戻った調子の千晶の声。

 「もう寝たの」

 さらり、と髪を撫でられるとそのまま頬を冷たい指が触れ、反射的に体がびくついた。

 「冷たい」

 反動で遠のいていた意識は再びこちらに戻ってくる。
 背中側にいた千晶は手を引くとそのまま布団の中に入ってきた。

 「同じ髪の匂いがする」

 スン、と近づく息遣い。春臣の髪の匂いを嗅ぐ千晶はボソリと呟いた。

 「同じホテルのシャンプー使ってるんだから同じ匂いがして当たり前だろ」

 急に何を言い出すのかと、内容が内容なだけに僅かに鳥肌が立つ。

 「ここも、同じ匂い」

 「...っ!やめろ、そんなとこ匂い嗅ぐなよ。気持ち悪い。お前まだ酔ってんじゃないの」

 今度は首元の匂いを嗅がれる。
 ぞわりとして、今度は完全に全身の鳥肌が立った。
 そうしているうちに、じわりじわりと密着してくる体。

 「春臣あったかい」

 背中側から手が伸びてきて抱きしめられる。大して身長差があるわけではないがやや春臣の方が背が高く体格がいいため腕の中にすっぽりは収まらない。そして女のように柔らかいわけでもない。
 しかし、千晶は満足したのかそのまま寝息を立て始めた。

 そんな中、春臣は盛大なため息を吐いた。
 嫌いな、しかも自分と同じ男に抱きしめられて寝なくてはいけないなんて最悪過ぎる。
 
 他人の体温が気持ち悪い。

 まるで悪夢としか言いようがなかった。





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