▽ 10 〃
「な、なんなんだよ!」
「おい、前田もう行こうぜ、こいつ強すぎ...っ、」
最初、大人数に1人相手だったため前田たちは余裕の顔をしていた。
しかし今現在、立場は逆転していた。
目の前の少年は次々と前田達の攻撃をかわし、表情一つ変えずに1人、また1人と奴らを地に伏せていった。
するとさすがに前田、そして周りの奴らも顔を青くし悔しそうな顔をして逃げていく。
俺はやつらの背中を見届け、クスッと笑った。
哀れだな、と思った。いじめなんてしようとするから悪いんだ。
「おい、お前何笑ってんだよ」
前田達が去っていった方を見ていると前方から妙に落ち着いたトーンで少年に声を掛けられた。
「...あ、えと...って、うわ!」
その声の低さに慌てて少年の方を見れば、急に胸倉を掴まれた。
「なんでいじめられてて笑えるんだよ。悔しいとか思わないわけ?」
「...っ」
― そんなの、悔しいに...決まってるだろ。でも俺は何もできないから、
そんな言葉を言いたいがビビリな俺はその少年の瞳が怖くて口を動かすことができない。
「...はぁ、ったく...」
「...っ、げほげほっ、」
震えるばかりで何も話さないことに呆れてか、少年は掴んでいた手を離し俺は地面に尻もちをついた。
離されたことによって気道が広くなり、大量の酸素を一気に吸い込み咳き込んだ。
「お前、名前は?」
「...の、ぞむ。...村澤、望(ムラサワ ノゾム)」
元々俺は人見知りだ。一緒の空間に赤の他人がいるだけで逃げ出したくなってしまう。
まぁ、この少年の前では恐くてそんなことできないが...ともかくその人見知りのせいで声も思ったように出ず、消え入りそうな小さな声になってしまった。
「村澤...な、よし、覚えた。俺は清水 啓吾、呼び方はお好きに」
「え...?」
まともな返事ができないまま戸惑っている俺に清水君は簡単な自己紹介をするとそのまま俺の隣に座った。
「村澤は今の奴らに刃向かったりしないのか?」
すると先程とは違って優しい声音でそう問いてきた。
「...俺...恐くて何もできないし...それに、友達がいつも助けてくれるから...」
清水君のその雰囲気のおかげか、途中途中止まってはしまうが、なんとか理由をいうことができた。
友達...琉依が助けてくれる。俺は何もしなくても琉依がいてくれれば...俺が何かして傷つく必要はないんだ。
「は?何それ、意味わかんねぇんだけど」
「...?」
清水君の言っている言葉が逆に分からなかった。俺は...何か変なことをいっていただろうか。
「あいつ等のことムカつくんだろ?いじめられて悔しいんだろ?」
「う、うん」
「なら、やり返せよ」
「やり...返す...?俺、が?」
「あぁ、お前が」
清水君はニコリと爽やかな笑顔のままこちらを見てきた。
「そ、そんなの...無理だよ...できない」
前田達に刃向かう...そんなことを想像したら体が震えてきた。
そんなことしたら倍返しと言わんばかりにいじめがエスカレートしてしまう。
「無理じゃねぇよ。やるんだ。どうせ刃向かったことなんてないんだろ?せっかく俺と会ったんだ、いい機会だから軽くケンカのやり方でも教えてやるよ」
「で、でも琉依が助けてくれる、から」
前田達に刃向かうなんてそんなことをしたくない俺は首と手を横に振り、できるだけ否定する。
「琉依?そいつが助けてくれるのか?なら、その琉依ってやつのためにもお前はやり返すべきだ」
「そん、な...できないよ」
刃向かえ、やり返せ、清水君は何度もそう俺に言ってくる。
こんなこと、初めて言われた。俺がそんなことをするなんて一度も考えたことがなかった。
「できる!やってもないのにそんなこと言うんじゃねぇッ!そういうのは努力してから言えよ」
「...っ、」
清水君のその言葉に涙が出そうになった...というか目に涙の膜が張った。
なぜなら、実際に清水君の言葉に間違いなんてないからだ。正しいことしか言っていない。
事実、俺は助けてもらっているだけで何もしない。
ただ震えているだけ...だから前田達もなにもやり返さない俺を面白がっていじめてくる。
そしてそれを琉依が助ける...悪循環だった。
「俺も手伝うから」
清水君が優しい笑みのまま俺の頭を撫でてきた。
その瞬間、俺の頬を涙が流れた。
「...頑張...る、俺、やり返す...」
「おいおい、泣くなよ」
そんな俺を清水君は困ったように笑い、冗談なんかを言ってきた。
今この時、俺の中の心の霧が消えて澄み切ったような気がした。
「んじゃ、とりあえずはその性格を治すか。いくら喧嘩ができてもそんな性格じゃ今度は陰湿的ないじめをされるからな」
清水君にそう言われ、俺は苦笑するしかなかった。
自分でも自覚はしていたが、やはりこの性格をもう少しどうにかしなければ自分を変えることなどできないだろう。
まぁ、とりあえずは、
「俺、頑張るよ」
涙をぬぐって笑顔をつくった。こんな笑顔をつくったのは小さい頃以来。
「.....あー、似てるなぁ」
「似てる...?」
すると清水君は笑顔の俺を見て、口をポカンと開けて独り言のようにそう言った。
―俺は誰かに似ているのだろうか。その時、そう言えばと、清水君が助けに来てくれたときに言っていた言葉を思い出した。
「もしかして、さっき言ってた“那智”っていう人に似てるの?」
『あれー、那智じゃなかったんだ』清水君はたしかにそう言っていた。
「あぁ、うん、そう。ぁ、でも後ろ姿と笑顔限定でな」
「そうなんだ、」
「ここに来たのだって村澤の後ろ姿を見て那智と見間違えてなんだ」
清水君は笑いながら、自分の頭をクシャクシャと掻きまわした。
「その那智って人とは...仲良しなの?」
「おうよ!バリバリ仲良し!那智とは幼なじみでいつもバカやって騒いだりしてるんだ」
「へぇ、」
―いいなぁ、羨ましい。清水君とそんな風に接することができて...
清水君の楽しそうに話す顔を見て、その那智という人物がすごく羨ましく感じた。
―俺も清水君とそんな風になりたい...もっと清水君に近づきたい...
「あ、もう5時じゃん!ごめん、俺、今日はバスケの春大会でここに来てたんだ。もう帰りのバスの時間だから行くな!...そーだ、携帯持ってる?メアド交換しよう、」
「う、うんっ、」
慌てた手つきで携帯を出した清水君につられて俺も慌てて携帯を出し、お互いのメアドを交換した。
「それじゃあな、村澤!」
「あっ、ちょ、ちょっと待って清水君!」
立ち上がり去ろうとした清水君を俺は急いで呼びとめた。清水君は首を傾けてこちらを見る。
「ん?どした?」
だけど呼びとめたはいいが、あがってしまい言葉が上手く出て来ない。
―清水君は、急いでるんだっ、早く、早く言わなきゃ、
そして俺は自分に鞭をうち、決心した顔で清水君の方を見る。
「な...名前、啓吾って...呼んでもいい、かな」
瞬間、シンとあたりは静まり返り、俺は一瞬にして土下座するほど謝りたい気持でいっぱいになった。
―ああっ、やっぱり、だめだ。急にこんな慣れ慣れしく呼び捨てなんて...嫌に決まってるのに。
「あぁ、もちろん!じゃ、俺も望って呼ぶな!」
「ご、ごめ...へ?」
それだけ言うと清水君もとい啓吾は満面の笑みを見せてそのまま来た方向へと走り去っていった。
「....っ」
その光景を俺は顔を赤くさせて、食い入るように見ていた。
―近づきたいっていうのは友達としてだけの意味ではないみたいだ。
その時の俺はそんなことを考えていた。
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