君を想う | ナノ
 4



 「今日も...か、」

 学校の教室に着き、那智はある空席の机を見て最近恒例になりつつある溜息をした。
 その席は自分の後ろ、啓吾の席だ。

 那智が自分の気持ちに気づき啓吾に打ち明けた次の日から啓吾は那智の前に姿を現さなくなった。

 朝はいつも部活の朝練がない日は迎えに来てくれたのに、今ではそんなこともない。
 メールをしても電話をしても通じない。無視ばかりされる。

 「なんで...俺が何をしたっていうんだよ」

 こんなこと今まで一度もなかった。だからどう対処すればいいのかが分からない。
 湊には特別な人がいて俺の想いは自覚してすぐに打ち崩された。

 それが悲しくて、でもまだ諦めれなくて...こんな気持は初めてで戸惑うばかりだった。
 いつも一緒にいてくれた啓吾もそばにいない。那智は精神的にも疲れ切っていた。

 「なぁなぁ、俺さ昨日見ちゃったんだけど、放課後街の中歩いてたらウワサ通りの姿の啓吾を発見したんよ〜」

 「え、あの噂本当だったのかよ。最近やたらとよく聞くけどまさか...ねぇ...」

 自分の席に座り、ぼーっと窓の方を見ていると教室にいたある男子2人が啓吾の話をしているのが聞こえてきた。

 ―ウワサ通りの姿

 ほんの数日で啓吾の悪い噂が学校中で広まっていた。

 “ケンカに明け暮れ、毎日違う女と街を歩いている。”そんな噂が広まっていた。

 そして男女問わず皆、口をそろえて那智にそのことを聞いてくる。
 だけどそんなの那智は知らない。それにそもそもそんな噂は信じちゃいない。きっと人違いだ。

 啓吾はそんなことしない。ケンカなんてしないし、もちろん女たらしなんかでもない。

 今まで啓吾とずっと一緒にいたがそんなところは一度も見たことがない。

 啓吾はそんなこと...

 「何、思いつめた顔してんだ。色男が台無しだぞ」

 自分の中で考えを巡らせていると、ふと横から声をかけられ那智は意識をそちらに向けた。

 「お前こそもっと表情豊かにしろよ、優也」

 無表情のまま声をかけてきた優也に対して那智はそういい返し見本でも見せるかのようにしてニコリと笑った。

 だが優也はそれも流し「あんま考え過ぎるな」とだけ言って、那智の隣の席についた。

 「優也...。な、なぁ、特に意味はないんだけどさ...その、優也って男同士の恋愛って...どう思う?」

 「別にいいんじゃない、それはそれで。個人の勝手だし。だけど、那智...」

 「うん...?」

 「湊はやめとけ」

 瞬間、息が止まりそうになった。

 − なんで優也がそんなこと...。しかも俺はまだ重要なことは何も言ってないのに。
“湊”という言葉だって一言も話していないのに。

 「なんで、湊が出てくるんだよ」

 声が震えそうになるのをなんとか堪えて、那智はそう訊ねる。
 チラリ、と優也を見ればこちらをじっと見てくる瞳と合い、慌てて目を逸らした。

 「見てればわかる」

 「...」

 「お前はわかりやすいから」

 言葉は出ない。今の優也に否定の言葉は無意味だ、と分かった。
 優也は勘が鋭い。きっと何も言わなくても大体のことはわかっているのだろう。

 「そんなこと言うなよ...」

 ぼそりと呟いた言葉が優也に聞こえたのかどうかはわからない。

 「那智、お前さ...啓吾と―――」

 「啓吾となんだよ」

 優也が言い終わるのを待たずに続きを催促すればそのせいか、急に優也は黙り込んでしまった。

 「何なんだよ。何言おうとしたんだ」

 何かを知っているような雰囲気の優也。

 − 俺の知らない啓吾のことを知っているのか?

 だけどそれから何度聞いても優也がその問いに応えることはなかった。


 その日の最後の授業は科学で実験をするため、那智は優也と教室移動をしていた。

 「そういえば那智、今日提出のプリント持ってきたか?」

 「プリント?」

 「ほら、このプリント」

 優也はパラパラと自分の教科書を開き、ある1枚のプリントを出してきた。
 
 しかしそのプリントは机の中に入っていて今この場にはないものだった。

 「え、それ今日提出なの?俺、それ教室にあるんだけど」

 時計を見るとあと3〜4分でチャイムが鳴るところだった。
 ここから教室までは往復で走っても5分ほどかかってしまう。遅刻になる確率は高い。
 ほんの少しの遅刻で入室許可証をわざわざ職員室にまで取りに行くのは面倒くさい...

 「まぁ、提出しなくても...」

 「提出しなかった奴は罰則として他にプリントが10枚与えられるらしいぞ。期限2日で、」

 「取りに行ってきます」

 「それが賢明だな。てかあの道使えばすぐに取りに行けるんじゃないの?」

 優也に教科書などを任せて、行こうとした時ふとそう言えばという風に優也はぼそりと言ってきた。

 ―あぁ、忘れてた。あの道があったんだ。

 「そうだな。じゃ、急いで取ってくるわ!」

 そして那智は優也に背を向け走り出した。―――窓の方に向かって。
 あの道...それは非常階段のことだった。今、那智達がいるところは1階で教室は3階。
 外から各階の中に繋がっている非常階段を使えば無駄な距離がなく短時間で行き来することが可能だった。



 「よいしょっと、」

 窓から外に出ると、那智はここからさほど離れていない所にある非常階段の方へと走っていった。携帯で時間を確かめると、タイムリミットはあと3分だった。

 「うん。ギリギリいける」

 多分、チャイムと同時に理科室に着くことができるだろう。
 とにかく鳴り止む前に教室に入ってさえしまえばいいのだ。俺の道理では。

 階段に着き、走るスピードを変えないでそのまま上がっていく。
 駆け上がるたびに無機質なパイプの音が鳴り、あたりが静かなせいかやけに響いて聞こえる。

 1階の扉の横を通過して駆け上がり、すぐに2階の扉に近づいていく。...あともう少しで3階――――

 ―――バンっ、

 「うがっ!」

 2階の扉を通過しようとした直前、急に目の前で扉が開きすぐに反応をすることができなかった那智はその勢いのまま思い切り扉に顔面から衝突した。

 まさかの出来事に驚き...というか驚く暇もなく額と鼻に痛みが走り那智はしゃがみ込んで悶えた。

 「わっ、ごめんね、大丈夫?」

 すると上から女の声が聞こえ、顔を上げるとそこには美人で有名な3年生の先輩がいた。

 これは格好悪いとこ見せちゃいけない。そう本能的に思った俺はすぐに立ち上がり「大丈夫です」と一言言うとまた走り出そうと一歩踏みしめた。

 「何、話してんだ」

 「っ!」

 しかし女の背中越しに聞こえた、聞き慣れた声に体は反応し、歩みを止めるとそのままその声のする方へ顔を向けた。

 「啓吾!」

 「...那智」

 そこには最近ずっと会っていなかった啓吾の姿があった。
 那智の姿を確認した啓吾自身も同様に驚いたような顔をしていた。

 「あれ、もしかして清水君の友達?」

 だが、先輩が啓吾にそう話しかけると啓吾はハッと我に返った様子で無表情になった。否、不機嫌な様子になった。





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