君を想う | ナノ
 3 〃



 それからすぐのことだった。俺に一つ目の不幸が訪れたのは。
 
 その日那智は妙に機嫌がいい様子だった。
 どうしてそんなにいいんだと聞くと、那智は「子分ができた」と嬉しそうにそう言ったのだ。
 そこまでは賛成ではないが別にショックとかそんなのはなかった。

 でもその子分の名前を聞いて啓吾は一瞬頭の中が真っ白になる。
 湊 琉依...那智は確かにそう言っていた。

 俺の中で警報が鳴った。

 ―湊と那智を近づけさせてはいけない、と

 だけどあまり言い過ぎても変に勘繰られると思い啓吾は強くは言わないにしても反対した。
 しかし結局那智の考えを変えさせることはできなかった。

 頑なに意見を聞こうとしない那智にこちらが折れてしまったのだ。いつもそうだった...那智と反対の意見をしても最後には啓吾が折れて話は終わる。

 それから那智が大声で湊のことを貶していると、気配を感じ取るよりも先に那智の目の前に湊が現れた。

 「...っ」

 その時湊は啓吾を一瞥し、口角を上げる。
 こいつは俺のことをあまり好いていない。いや、むしろ嫌っているんだと思う。

 「そう言えばお前、那智から女とったんだって?」

 「あぁ、だけど取ったっていうかあっちが勝手に俺のとこに来ただけだけどな」

 湊はいけすかなく笑んでいた。
 あっちから勝手に来た、だと?ふざけるな。どうせ那智に関わろうと思って自分から女に近づいていったんだろ?

 湊のことを睨んで罵って暴言を吐きたい...だけど那智の前でそういうことはしたくなかった。
 那智の前では俺の...悪い部分はあまり見せたくなかったから。

 だから俺は湊がここいる間、表立っては変化を見せなった。
 でも確実に心の中には嫌な気持ちが降り積もっていた。


 「さっき、本当は湊と那智のことを離したいってずっと考えてただろ。で、今はそれができなくて苛々してる」

 湊と那智の二人が消えた頃、近くにいた優也が周りには聞こえないくらいの声音でそう言ってきた。

 「...ふん」

 図星なだけに片眉がぴくりと動くが、素直に頷きたくなくて顔を背ける。

 優也は俺が那智のことを好きだということを知っている。優也と那智と俺の三人で行動するようになったのは高校に入ってからだった。
 そして高1になって初めての夏が訪れる頃、優也はいつもの無表情のまま唐突にこう言ってきたのだ。『お前、那智のこと好きだろ』と。

 その言葉に焦り、何とかごまかそうとしたが、優也にそんなことは効かず、どうしようもなくなった俺は素直に那智への想いを話した。

 優也は特に引いたりはせず、むしろ応援さえしてくれた。

 今では那智のことについては優也に相談したりするぐらいだし。

 「言っておくが、あの時俺が湊をパシリにすることを反対しても結果は同じだったからな」

 「...わかってるよ」

 優也は湊が俺のことを好いていない理由も知っている。
 だから本音を言うとパシリの件は反対してほしかった。
事実が変わることがないとわかっていても...それでも反対してほしかった。


 最近那智と一緒にいる時間が少ない。
 学校にいても那智はいつも湊と一緒にどこかへ行ってしまう。
 この3週間ずっとそうだった。

 「ムカつくって、言ってたくせに...」

 那智は言ってることとやってることが矛盾している。ムカつくなら一緒にいなければいいのに。
 でも今日でこの暗い気持ちともおさらばできるはずだ。―― 今日が約束の期限、3週間の最後の日だから。

 ...ということは明日からまた那智と一緒にいられる。
 部活も終わり家への帰宅途中、俺はそんなことを考えていた。

 「明日の為に溜まったストレスでも抜いてくるか」

 さっそく1人で寂しいが、啓吾は街に出掛けることにした。


 ――


 ――――


 ――――――


 「やっぱこの時間帯は人混みヤバいなぁ」

 街の方は帰宅途中のサラリーマンから俺のような高校生であろう若者がたくさんいた。

 「いつもだったら隣には那智がいるんだけどなー」

 あぁ、那智に会いたい。一緒に遊びたい。隣を歩いてほしい。
 いるはずがないと思いながらも、那智がどこかにいないだろうかとキョロキョロしながら歩いた。

 「...いるわけないか...って、え?」

 あきらめることなくあたりを見渡しながら歩いてしばらく、ふと見覚えのある愛しい後姿が視界に入った。

 「な、那智?」

 まさかの人物が急に現れ、探していたくせに啓吾は狼狽してまった。

 しかし気がつけば身体は那智であろう人物の元へと走って向かっていた。

 「那智?」

 肩に手をおき、名前を呼ぶと那智はゆっくりと俺の方を向いてきた。
 
 「けい...ご、」

 その時の表情は俺が予想していたのとは全く違っていた。
 那智は泣いていた。涙で頬を濡らしていた。
 まさかの事態に驚き、啓吾の頭の中は真っ白になってしまう。那智はというと特に泣いている理由は言わず、必死に涙を止めようと拭ったりを繰り返していた。

 自分がなんとかしなくては、そう思った瞬間啓吾は那智の腕を掴み、街の中を歩いていった。
 啓吾の急な行動に那智は戸惑い、歩いている間何度も手を離そうとしてきたが啓吾は離すことなく歩き続けた。

 そのうちに那智も諦めたのだろう、抵抗するのをやめ俺にこれからどこに行くのだと問いてきた。

 とりあえず那智の気分を上げなくては...
それを考え啓吾は近くのカラオケに連れていくことにした。

 那智は呆れた様子だが、ついてきてくれた。その時には那智の涙も、もう止まっていて少し安心する。

 それから啓吾は那智とともに歌い続けた。
時間の経過とともに那智も段々と回復した様子で、ふとした時に笑ったりしている。

 でも那智は最後まで何かを考えていて俺は何度もそのことを聞こうと思ったが、いざ口に出そうとすると言えなくなってしまう。

 これは俺が聞くことじゃない。もし言いたいなら那智から俺に言ってくる。
 そう思い先程のことには一切触れずにその日は那智と接した。

 だけど今思えば、この時もっと楽しんでおけばよかった...などと考えてしまう。

 急かもしれないが、この時俺が真剣な顔して本当の気持ち...好きだという気持ちを那智に伝えていたらあんな風にはならなかったのかもしれない。

 しかしそんなこと今さら考えたってもう何も意味をなさない。





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