君を想う | ナノ
 1



 その次の日。那智は今まで通り学校生活を送っていた。
 啓吾とバカみたいな話をして、所々で優也がつっこみを入れる。...っていっても、漫才みたいに激しくではなくクールにさり気なく、だ。

 変わったことと言えば1つだけ。それは今日から湊との約束はもう終わったということ。
 昨日は特に湊からはメールも電話も来なかった。

 期待をしていなかったといえば、嘘になる。でも今は湊と会うことを避けたかった。
 だから朝も、湊に会わないよう啓吾を道連れにして学校にはわざと遅刻していった。

 そうして学校に着いた時すでに1時間目が始まっていたため、強制的に優也も呼び出し今こうして屋上にて3人で堂々とサボっている。

 しかしそれも長くは続かず、楽しかった時間は1時間目の終わりを告げるチャイムによって終わらされた。

 「教室にでも行くか」

 「えー、まだここにいようぜ?教室に戻りたくねぇよ」

 優也が立ちあがり、教室に行こうといってきたが那智は戻るのが嫌で、首を横に振って反対した。

 「いいから早く行くぞ、那智。次の授業数学だろ?俺ただでさえテストがやばかったからからサボれねぇんだよ」

 「うっわ、引きずるな啓吾!だーっ、わかった!行く、行くって!」

 那智の制服を掴みズルズルと扉の方へと引きずって行く啓吾に那智は観念して立ちあっがった。
 引きずられたせいで制服が汚れてしまい、ジト目で啓吾を睨みながらその部分を叩いてほろった。

 「お前ら、ホント見てて飽きないな」

 「うっせ。今度優也も引きずってやるからな」

 悪党の捨て台詞のようにそう吐き捨て、那智は一番乗りに屋上の出口を通り抜けた。


 ――


 ――――


 ――――――


 ― ふぅ、よかった...会わなくて、

 教室に着いた瞬間、那智は安堵の息を吐いた。
 それはもちろん、ここに着くまでの間に湊に会わなかったからだ。

 もう、啓吾たちと話しながらも、意識はそちらにばかりいってしまっていた。

 まぁ、もう湊と会うことも特にないかもしれないし、俺が自意識過剰なだけかも。

 と、思っていたのだが...

 「やっと見つけた」

 「っ!?」

 教室に一歩踏み出した瞬間、まさかの人物の声で動きが止まる。
 その気配に気がついていなかっただけに那智は驚き、静かに後ろを振り向いた。

 「...湊」

 そこにはやはり、といった感じで湊が立っていた。

 「昨日は...悪いことをした」

 「...え、」

 急に湊はそう那智に謝ってきた。
そして“昨日”という言葉を聞いた啓吾は眉をピクリとさせ、次の瞬間には湊の胸倉を掴んでいた。

 「昨日って...お前が...っ」

 「け、啓吾!」

 「離せ。お前にこんなことをされる義理はない」

 しかし、湊は啓吾のその行動には冷静に対処しバッと手を払い落した。

 「うるせぇっ!お前那智に何したんだよ!昨日俺があった時、那智は―― 」

 「やめろ啓吾!」

 ― やめてくれよ、その続きは言わないでくれ!

 那智は啓吾の話の続きを遮るように大声を出した。

 「那...智...?」

 その瞬間、俺たちの周りだけ空気が止まったような気がした。
 他の生徒は那智の声に驚いて皆こっちを見てきたが、すぐにまた自分たちの空間に戻り始めた。

 優也はただ黙って傍観しており、啓吾は眉を下げこちらを見てきていた。

 「昨日...お前がどうかしたのか、」

 そんな中、湊が真剣な顔をして啓吾が言おうとしていた続きを問うてきた。

 「...何もねぇよ。そんなマジになんなって。それよりも昨日どうしたんだよ、急に消えたからビックリしたじゃんか」

 とにかくこの空気をなんとか変えようと、はははと場違いに笑いながらそう問い返した。

 湊はどこか不服そうにしていたが、無理にそちらに話をもっていくのを諦めたのか視線を下に向かせた。

 「すまない。...昨日は、急に用事が入って...連絡も何もしてなくて悪かったな」

 湊はもう一度申し訳なさそうに謝ってきた。
 “その用事って何?”“俺に一言も連絡ができないほど頭の中を占めていたことなのか”

 こんな言葉が口から出そうになった。でもそんなことを言えるほどの関係でもない。
 だから言えない。ここですぐに教室に入ってしまえばよかった。

 湊がなにも言葉を発しないうちに。

 「その用事は何なんだよ」

 しかしこの時唐突に啓吾がそう問い詰めた。ビクリと肩が跳ねる。
 聞きたい...けど聞きたくない。そんな気持ちのまま湊に耳を傾ける。

 「人に...会ったんだ。――― ずっと好きだった奴と、久しぶりに...」

 「...っ」

 頭の中にはその人物がいるのだろう。優しげに微笑みながらそう言った湊の表情をみてそのことがすぐに分かった。

 嘘でもいい、てきとうにそれらしいことを言ってほしかった。

 「那智!」

 目頭が熱くなってきた。
でもこんな所で泣きたくなんてなかった。

 だから鞄を廊下に落とし、その場から走って逃げた。啓吾の那智を呼ぶ声が聞こえたがかまわず走り続けた。

 傍から見てもおかしい行動をしているのは知っていた。きっと湊からしても何故俺が逃げたかなんてわからないに決まってる。

 だけど、それでもあそこに平気な顔でいるなんてこと今の那智にはできなかった。

 目的地は無い。ただその場から離れればよかっただけだから。

 先程の湊の言葉であの時の男の存在がよくわかった。
 もう、冗談なのでは?などという考えもできない。

 「ふっ...ぅ、くっ、」

 ついに涙線も堪え切れず、涙が頬を伝っていく。一粒...また一粒と。

 「那智!」

 「...っ!?」

 体面もなく涙を流しながら走っていると、急に啓吾に腕を掴まれ那智は強制的に止まらされた。
 そしてそのまま後ろから抱きつかれる。

 「また...泣いてる...」

 片方の手で那智の頬を流れている涙を掬うと、啓吾は悲しげにそう呟いた。

 慌てて啓吾の腕の中から逃げようともがくが、逆に強く腕に力を入れられ身動きが取れなくなってしまった。

 「あいつが...湊が悪いからお前がそういう風に...」

 「ち、違うし...っ、勝手に勘違い、すんじゃ―― 」

 「なら、なんで泣くんだよ!なんでそんな傷ついた顔してるんだよ!」

 啓吾の抱きしめる力が余計にきつくなり、苦しくなってきた。
 しかし、そんな力の強さとは打って変わって啓吾の声は小さく、今にも泣いてしまいそうなほどか細いものだった。

 「それは...」

 そんな啓吾の問いが頭の中をぐるぐると駆け回る。泣いてしまう理由...傷ついてしまう理由...そんな理由は何となくわかっていた。
 俺もそんなに鈍いわけではない。

 でも認めたくなくて何度も何度もその言葉を頭の中で消していた。
 
 だけど、もうわかった。

 「俺は...」

 先程の湊の言葉を聞いてはっきりした。

 「湊のことが好きなんだ...」

 ゆっくりと、自分自身にも確かめさせるように弱々しくそう呟いた。
 この時の那智の言葉は授業も始まり、人気のない廊下では酷く響いて聞こえた。





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