君のため | ナノ
 6



 部屋に入りすぐに触れられた部分を服の裾で強く拭っていると、先程まで怒っていた様子の奴も今度は楽しそうに笑っていた。

 「...意味わかんねぇ」

 叶江の起伏の変化に付いていけずなんだか心が落ち着かない。

 「なぁ、スウェットとかないの?」

 「えっ、あるけど...って、もしかして泊まっていくつもりかよ」

 「そのつもりだけど」

 マジかよ。ありえねぇ。その2つの言葉がすぐに思い浮かんだ。

 まさか泊まっていくとは...あれほど帰れ帰れ連呼したのにこいつは何もわかっちゃいない。

 「早くして。...疲れて眠いんだよ」

 急かすように促され、嫌々ながらも棚の中からスウェットの下と少し大きめのラフなTシャツを渡す。身長は比較的高い愛都だが、それよりも数センチ高い叶江には大きめのシャツの方が良さそうだった。

 そして叶江が着替え出すのを待ってから、俺も早々と着替える。

 「お前はいらないでしょ、これ」

 「は?」

 上の服を脱ぎ、近くに置いていたTシャツに手を伸ばした瞬間、あっさりとその服は叶江に取られてしまった。

 おかげで俺のその伸ばした手はむなしくも空気を掴む。

 「返せ」

 「お前は犬らしく裸で寝なよ」

 「なんで俺がそんなこと――」

 「いうことが聞けないの、愛都」

 「うるさい...ならいい。他の服を出すから」

 睨んでいても一切返す素振りのない叶江の様子に痺れを切らした俺は、体の向きを叶江からクローゼットへと変える。

 「はぁーー、やっぱりお前は駄犬だな」

 少し離れた場所にいたはずの叶江の声がすぐ耳元で聞こえ驚いてヒュ、と息を吸った。

 「あっ、おい、引っ張んな!...っう」

 腕を引っ張られ強い力に抗うこともできずに近くにあったベッドへと押し倒される。

 「やっぱりヤるつもりなんじゃねぇかよっ」

 「何度も言わせないで。ヤらないよ」

 とはいいながらも俺の両手を掴んで自由を奪う叶江は、空いた方の手で俺が穿いていたジーンズを脱がしてきた。

 抵抗もできない俺はあっさりとジーンズも下着共々脱がされてしまう。

 ヒヤリとした空気が下半身を覆いビクリと震えた。

 「あははっウケる、めっちゃ萎えてんの。」

 「...っ」

 そして何も身にまとわない俺のを見た叶江に笑われ、羞恥で顔が熱くなる。

 「まぁ、これで勃ってたらそれはそれで面白かったけどな」

 「クソが...っ」

 「顔真っ赤でそんなこと言われてもなぁ...あ、部屋の電気このリモコンで消えるの?」

 「...さぁな」

 「生意気、」

 叶江のその一言と同時に当たりは暗闇に包まれる。

 掴まれていた手首は離され自由になる。

しかし今度は後ろから抱きつかれて体の自由が利かなくなってしまう。

 「このっ、抱きつくな!あっちに行けっ、てか、なんでお前上半身裸なんだよっ!」

 背中から腰にかけてまで伝わる、奴の体温が妙に生々しくて気持悪かった。

 「黙って。...人肌に触れたい気分なんだよ。」
 
 「...なんだよ...それ、」

 急にどこかさびしげな口調になる叶江に、何故だか俺は強く言い返すことができずそれっきり押し黙ってしまう。 

 「お前は一生俺のモノだ。...お前だけは、俺から離れることを許さない」

 「、そんなの...しらねぇよ。俺には、関係ない...ぅあっ」

 耳元で囁かれるように...しかし絶対的なその言葉に、俺は小さな声で返答するが首の裏を舐められそれも中断される。

 「お前は俺の犬だ。何があっても俺だけを見て」

 そういった叶江はそこから何をするでもなく静かな寝息を立て、眠りへと入っていってしまった。

 「誰が、一生お前の隣になんかいてやるか、」

 だからこの俺の言葉はきっとあいつには届いていない。





 「えっ...宵人が病院に...っ!?」

 “宵人が頭を打って病院に運ばれた”その事実は、俺の視界を暗転させるには十分の知らせだった。

 いつもと何ら変わらないある日の夕方。無機質な携帯の着信音が鳴り響いたことによってすべては始まった。

 知らせを受けた俺はすぐさま家を出て、指定された病院へとタクシーで向かった。

 宵人が病院に運ばれた、と思うともう気が気じゃなかった。

 「大丈夫か宵人...っ。お前頭打ったって...」

 病院に付き中へ入れば、待合室にいる宵人の姿を発見し急いで駆け寄る。

 頭に包帯を巻いた宵人の後姿。しかしそれでもここにいるということは大事には至らなかったのだろう。
 そのことがわかり俺は先程よりも僅かだが安堵した。

 ―― しかし、

 「愛都...?あっ、ごめんね、迎えに来てくれたんだ。心配かけちゃったね」

 「...っ!」

 俺の声に気がついた宵人はゆっくりと俺の方へと顔を向けた。

 「なんだよ...その傷...っ」

 振り返った宵人の顔は最後に俺が見た宵人の顔とは全く違っていた。

 殴られたか、青くなった痣が片目の下にあり頬は擦り切れ痛々しく腫れ、口元は切れていたのかガーゼがあてられていた。

 明らかに暴力をふるわれた様子の宵人は、そんなこと気にしていないという素振りで俺に微笑みを向ける。

 そんな宵人を見て俺の中に何とも言えない悲しい感情が溢れだした。

 「あー、ちょっとした喧嘩。でも大丈夫、これぐらい平気だから」

 無理矢理あげる口元は痛々しく、話すたびに引きつったよな顔で痛みに耐える姿はひどく辛そうだった。

 「...喧嘩、だって...?嘘をつくな!その傷は――」

 「愛都!...一端落ち着いて。ここ病院内だから話は外に出てからにしよう?」

 「...っ」

 今すぐにでも問い詰めてやりたかったが、宵人にそう言われ仕方無く俺は言われるまま宵人とともに病院を後にする。

 病院内を出る数十秒の短い間。それが俺にはやけに長く感じた。

 「今回のことは一体どういうことなんだ。何があったか全部俺に話せ」

 外へ出るなり、一息つく間もなくそう宵人に問いた。

 「そんな怖い顔しないでよ、愛都。本当、ただの喧嘩なんだって。僕だって男だし殴り合いぐらいするさ」

 「嘘をつくな!!」

 「...っ、嘘じゃないって。この傷は愛都が心配してるようなこととは全く関係ない」

 駅までの歩道を2人並んで歩く。問いつめる俺に宵人は依然としらを切る。

 俺とは一切眼を合わせようともしない不自然な宵人に、俺の不安はどんどんと膨らんでいく。

 「それは...それはイジメによるもの、そうなんだろう?なぁ、」

 「だから、違うって言ってるじゃないか!そんなに僕の言うことが信じられない?...信用なんかできない?」

 「なんでそうなるんだよ!!俺は...俺はお前を心配して...っ。イジメられてるならイジメられてるって言えよ!こんなところで気なんか遣うんじゃねぇ!変な意地なんて張るな!!」

 「――、僕はイジメられてない!!僕が違うって言ってるんだから違うんだっ!だから余計な心配なんてかけないで!――迷惑なんだよ!!」

 「...ッ!!」

 “迷惑”その言葉を言われた瞬間、俺はショックで息が詰まってしまった。

 その言葉が信じられなくて茫然とした視線を宵人に向ける。

 「...ぁ...いや、違...僕は――」

 「迷惑...だったのか...。悪かったな。でも、俺はただ傷ついていくお前が...見たくなくて。...お前は俺にとって大切な、存在だから...嫌だったんだ...」

 自分のこの心配も、宵人にとっては余計なもので迷惑とすら感じていたことだったのか...そのことが分かった俺はなんだか自分が滑稽に思えて...バカらしく思えて...自嘲的な笑いが出てしまった。

 「あっ、待って愛都!!」

 気がつけば俺は走っていった。宵人の静止を求める声も聞かずに。

 止まることなく走って、息が乱れ苦しくなった。

 だけど足を止めることはなかった。

 宵人は俺にとって大切な存在だから傷ついてほしくなかった。だから守りたくて...。

 それですごく心配したのにそれは迷惑だと言われたのだ。
 それは、俺の気持ちを拒否し否定する一言で胸が苦しくなった。

 宵人にとって俺は何物でもない存在だったのか、と。

 だから俺の言葉は必要ない、と。

 そんな考えばかりが頭を占めた。





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