君のため | ナノ
 金魚

 リクエスト小説(ほのぼの/宵人と愛都の幼少期)



「うわぁ、なつかしいーーっ、そうそう小さい時は僕よりも愛都の方が背、小さかったんだよね。今はもう抜かされちゃったけど。」

 「まぁまぁ、宵人は小さくても俺の中の存在感は大きいから」

 僕がアルバムを見ながらわざとらしくそう言えば、愛都はおかしそうに笑い、ポンポンと僕の頭を軽くたたいてきた。

 ―あ、今の感じすごく好きだな。いや、愛都とゆっくり過ごすこの時間が...かな。

 中学最後の夏休み。僕はクーラーによって冷房の効いた部屋の中、愛都と2人横になって1冊のアルバムを眺めていた。

 今見ているのは幼稚園に通っていた頃のもの。そして、その時はまだ僕と愛都は兄弟ではなく、幼なじみとして仲良くしていたとき。
 この数年後に大好きなお父さんとお母さんは亡くなった。
 だけどその時もずっと愛都は僕と一緒にいてくれた。

 大切な存在。僕らは血が繋がっているわけではないけれど、本当の兄弟...いや、それ以上に強い絆で繋がっているような気がする。

 「次のページ、開いてもいいか?」

 「うん、いいよ。...あっ!このお祭りの写真っ...あははっ、これまたなつかしい、」

 「ん、俺泣きそうな顔して笑ってる。泣くのか笑うのかどっちかにすればいいのに。てか、謎に水だけが入った袋持ってるし」

 「ふふっ、この時の愛都すごく可愛かったんだよ?なんというか一生懸命で。」

 「この時...あ――、だめだ。思い出せねぇ...悪い」

 僕が指差した写真をまじまじと見つめ、愛都は何とかしてその時のことを思い出そうとしているが、やはり思い出すことはできなかったらしくガクリと肩をおとした。

 その写真に写っているのは甚平を着た僕と愛都のツーショット。場所は橋の上で、空と川の水面の両方にきれいな花火が写っている状態だった。
 
 そして僕の手にはわたあめがあり、愛都の手には―――、いるはずの金魚の姿が無い、水だけが僅かに入った袋がもたされていた。

 それは少し不自然な光景。だけどこれはこれで僕はいいかな、なんて思ってしまう。

 ...こうなった理由を覚えているから。

 「じゃあ、僕が教えてあげるよ。これはね...」

 ――

 ――――

 ――――――



 「うわぁ――っ!!すげー!すげーよ、宵人!お祭りってこんなでかいんだ」

 「うんすごい!順番に回っていこう!」

 小学3年生になり、ぼくは愛都と初めてお祭りにやってきた。もちろん、愛都の家の家政婦さんも一緒に。

 「それじゃあ、何処から行きますか?先に何か食べたいですか?それとも遊びたいですか?」

 家政婦のたえさんは右にぼく、そして左に愛都の手を引いてゆっくりと屋台の中を歩いていく。

 「ぼくはどっちでもいいよ。愛都は?」

 「うーん、おれは...全部一気にやりたい」

 「ふふふっ、愛都坊ちゃん、それは少し難しいですね」

 「あははっ、愛都欲張りさん」

 愛都の言葉にたえさんはクスクスと笑い、僕もつられて笑った。

 それでも愛都はあきらめていないらしく、キラキラした目であたりを見回している。
 僕よりも少し小さくて、お人形さんみたいに愛都は可愛い。でも中身は正反対でいつも元気いっぱいで走り回っている。

 ―本当、愛都はぼくのじまんの義兄弟だ。

 「おれ、おなかいっぱい。もう入らないよ」

 「愛都買ったやつ全部たべっちゃったもんね」

 「愛都坊ちゃん食べ過ぎでお腹が出て、苦しそうですよ?」

 「うん、全部おいしすぎてキツかったけど食べちゃった」

 そういう愛都をたえさんはまるでぼくのお父さんとお母さんがぼくのことを見ていたような、優しい目で愛都を見る。

 前に愛都からきいた話だと、たえさんは愛都が赤ちゃんの時からめんどうを見ていたらしいから、きっとたえさんも愛都のことがすごく好きなんだと思う。

 「...。」

 ― いいなぁ...

 その時、急にぼくの頭の中にお父さんとお母さんの顔が出てきた。
 今日でちょうどお父さんとお母さんの命日から1年くらいが経つ。...そう、大好きなお父さんとお母さんの笑顔を見れないまま1年が経ったんだ。

 「...宵人、どうしたの?」

 「...ううん何でもないよ!ちょっとボーっとしてただけ」

 下唇を噛んで地面を見ていれば、愛都はたえさんの手を離してぼくの目の前にしゃがんできた。
 下から目線を合わせるかのようにしてじーっと愛都はぼくの顔を見てくる。

 「あら、宵人坊ちゃんどこか具合でも悪いのですか?少しあちらの椅子の上で休みましょうか」

 「大丈夫だよ、たえさん。心配いらないよ!」

 お父さんとお母さんのことを思い出して寂しくなった。なんてなんだか恥ずかしくて2人には言えなかった。だからぼくはすぐにニコリと笑ってごまかした。

 「...」

 そんなぼくに愛都はどこか不満そうな顔をしていたけれど、しばらくしてもう一度たえさんの横に戻っていった。

 たえさんも、心配そうな顔をしていたけれど僕の笑顔を見て安心したようにニコリと笑った。

 「あ、金魚...」

 たえさんに手を引かれながら歩いていると、ふと平たい透明の箱いっぱいにいる金魚が目に写った。

 ― すごく、きれい。

 お母さんはきれいな魚が好きだった。だからよくお父さんとお母さん、そしてぼくと 3人でたくさんのきれいなお魚がいる場所に連れて行ってもらっていた。

 「....」

 そのことを思い出し、僕は少しまたさびしくなった。

 ―なんだろう。なんでこんなにさびしくなるんだろう。せっかくたえさんと愛都と3人でお祭りに来たのに...

 だけどさびしさはなくならなくて、なんだか胸が痛くなってきた。
 
 「金魚すくいかぁ...」

 「...え?」

 「たえさん!おれ、最後に金魚すくいやりたい!」

 そういうと愛都はたえさんの手を引っ張って金魚すくいのお店へと連れていく。
 そしてぼくもたえさんの手をつないでいたからそのままいっしょに引っ張られて...

 「あらあら、愛都坊ちゃんすごいやる気ですね」

 「うん!!」

 愛都は店のおじさんから金魚をすくうための道具と入れ物をもらうとその前にしゃがみ、狙いをさだめ始めた。

 ―どうして急に金魚すくいなんてやりたがったんだろう。...まさかぼくが“金魚”なんてつぶやいたから?...そんなわけないか。

 愛都の隣に行ってぼくは金魚と愛都を交互に見て、そして最後に愛都の方を見た。

 「おし!頑張るぞーっ、」

 腕まくりをして、愛都は気合いが入ったのかいつになく真剣な顔をしていた。




 「あぁっ!またとれなかった...」

 「兄ちゃんはがんばり屋さんだなぁ、もう10回目だ。どれ、やっぱりこっちの道具使って金魚取った方が...」

 「いいんだ、おじさん!おれはこれでとりたいから」

 そういい愛都はプラスチックの大きなスプーンではなく、薄い紙の方の道具で挑戦し続ける。

 「あっ、あとちょっとだったのに...よし!次だ次!」

 そしてそうしてる間にも、愛都はまた失敗して11回目の挑戦に入った。

 「...愛都坊ちゃん、金魚だったらお店でもたくさん買えますよ?今度一緒に見に行って...」

 「それじゃあダメなの!おれがとりたいの」

 ついに見ていられなくなったのか、たえさんも一言申し出るが、愛都はガンとして受け入れなかった。

 ―こんなに何かに熱中してる愛都...はじめて見る。

 それはたえさんも同じ意見だったらしく、戸惑いながらもどこか嬉しそうにしていた。

 「...愛都っ、がんばって...」

 「ん、おう!」

 11回目も失敗して12回目にさしかかった時、ぼくは愛都の甚平の裾を掴み、そして応援した。
 ...がんばれってきもちをあげたくて...やる気をわけてあげたくて。

 するとその気持ちを愛都はわかってくれたのかニッ、と僕の方を見て嬉しそうに笑った。

 「しずかに、しずかに...とぉ!!...ぁ...」

 きっとまなとは金魚すくいは向いていないのだろう。だけど...

 「あ、やった!!愛都!一匹とれたよ!!」

 12回目にして、ようやく愛都は一匹だけ金魚をすくうことができた。

 「よいと!こいつはおれと宵人の2人で育てよう!」

 「2人で?」

 「うん。宵人、金魚好きなんだろ?暗い顔してたのに、金魚みたとき一瞬明るい顔になったから...」

 「愛都....うん、一緒に育てよう!ありがとう...本当にありがとう、」

 「まぁ、愛都坊ちゃんは宵人坊ちゃんのために頑張っていたのですか。なるほど、それであんなに熱中していたんですね」

 「おう!同じ年でも、一応おれのほうが兄ちゃんだからな」

 「...ぼく、愛都がお兄ちゃんでよかった。」

 「ふふふっ、仲が良いというのはよいことですね」

 愛都と2人、手をつないで歩くぼくらを見て、たえさんはにっこりと笑っていた。

 「あ、ここからの花火がとてもきれいに見えるらしいですよ」

 しばらくそうして歩いていれば、橋の上に来たときにたえさんはそう言ってぼくたちの歩みをとめた。

 そしてぼくたちがたえさんの声に反応して空を見上げた時。

 「花火だーー!」

 バンバン、と大きな音が鳴り、空いっぱいにきれいな花火が打ち上げられた。

 「うわぁ、すごい...っ」

 「きれいですねぇ、」

 ぼくたち3人は花火にくぎ付けになった。

 「花火すごいすごいーーっ」

 「本当、すごいね...って、あっ!愛都入口のひもが...っ」

 「...え?あ...あ―――っ!!」

 愛都が花火に夢中になって橋のてすりに金魚の袋を置いてしまった時、縛り口のひもがゆるかったのか金魚が跳ねるのと同時に入口は少し開いてしまい...

 「金魚...落ちちゃった」

 愛都がぼくの声でそのことに気付いた時にはすでにおそく、金魚はそのまま橋の下の川に落ちていってしまった。

 「え!?金魚落としてしまったんですか!?」

 ぼくと愛都の慌てた様子に反応してたえさんも驚いて体をのし上げて橋から下を見下ろした。
 しかし金魚が見つかるわけもなく、すぐにたえさんは眉を下げてぼくたちの方を見てきた。

 「愛都坊ちゃん残念ですが金魚は...」

 「...うぅっ...金魚...っ、宵人と育てようって...言ってたのに、」

 愛都は目に涙をいっぱいためて金魚のいない...水しか入っていない袋の中を見つめた。

 「愛都坊ちゃん元気を出して下さい」たえさんは愛都の背中をなぜながら優しくそう言うが、愛都の顔は下を向いたままだった。

 あんなにがんばってようやくとれた金魚。しかもぼくのためにあんなに頑張ってとれたもの...

 ぼくも悲しくて涙が出そうになった。だけど...

 「愛都!あそこ見てよ!!」

 「...え?」

 ぼくは川の奥を指差して、花火の音に負けないくらいの大きい声で叫んだ。
 その声につられてまなともようやく顔をあげてその方向を見る。

 「花火は空だけじゃなくて川にもあるんだよ!水がキラキラ光ってきれいなんだ!だからあの金魚もこんなきれいな水の中に入れて嬉しいんじゃないかな」

 そこには空に上がった花火が川の水面に反射してキラキラときれいに光っていた。

 「本当だ...キラキラしてる」

 「そうですねぇ、キラキラしていてすごくきれい。...宵人坊ちゃんのいう通り、きっと逃げてしまった金魚さんも同じことを思っているでしょうね」

 「たえさんもそう思うでしょ?それにね、愛都。ぼくは...愛都がいてくれればそれでいいから!なんたって愛都はぼくの自慢のお兄ちゃんだしさ」

 すると愛都もその言葉にハッとして、泣かないように顔を引き締めた。

 「おれも...宵人がいてくれるだけでいい」

 まだ目に涙は溜まっていたけれど、そう言った愛都の声はすこし力強かった。

 「そうだ!花火を背景に写真を撮りましょう!花火が上がっているうちに」

 「うん、とろう!ね、愛都!」

 「えっ!あ...う、うん!」

 「お二人とも、準備はいいですか?とりますよー、」

 そしてぼくと愛都は慌ただしい中、強く手を握り合って明るい光の中に包まれた。


 ―


 ――


 ―――


 「....っていうことがあったんだよ。それでね、あのあと...ん?愛都?...って、寝てる」

 急に相槌がなくなったので不思議に思いふと横を見れば、そこにはスースーと静がに寝息を立てる愛都の姿があった。

 「あははっ、こういうところは小さい頃から変わらない」

 こう、我が道を行くっていう感じとか。愛都は僕の話を子守唄か何かだと思っているのだろうか。

 ―まぁ、こういう部分がなんか可愛いんだけどさ。

 「これからもよろしくね、お兄ちゃん」

 小さい声でそう囁き、愛都の手を優しく握ると僕もそのまま愛都の横で静かに眠りの世界へと入っていった。


end.




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