▽ 32
「俺が運ばれてきてから何日経った...まさか、もう一週間過ぎたのか」
次に頭をよぎったのは焦りという名の使命。
― 最後に暴行されてから一週間何もされずに過ごしてしまえば、愛都は俺から離れてしまう。
近くに月日を確認できるものは何もなかった。
香月の質問になかなか答えない愛都。それに合わせて呼吸は浅くなっていく。
「なぁ、俺は一体何日眠ってたんだ」
もう一度、ゆっくりと...愛都の目を見ながら質問する。
「香月君...」
そうすれば、漸く愛都は重く閉ざされていた唇を動かした。
「 四日間だよ 」
「...っ、は...四日間か...そうか、」
一瞬息が止まり、空いた体の中に安堵した気持ちが入り込んでくる。
まだ猶予が残っていた。...――― これでまたあいつらのところに行けるのだ。
だが危なかった。後少しでも長く眠っていれば自身の元から愛都が離れて行ってしまっていた。
次からは意識を失わない程度に痛めつけてもらわなければいけない。
「でも本当目が覚めてよかったよ。まさか香月君がここまでするとは思わなかったから...心配で病院に泊まり込んでたんだ」
目を伏せ、そう小さな声で言葉を紡いだ愛都だが、香月と目が合うと、ゆっくりと近づき距離を縮めてきた。
目の前には鼻筋の通った端正な顔。猫のように横に広がる目の縁で長い睫毛が揺れ動く。
ついには互いの鼻が擦れ、唇に吐息がかかった。唇が触れ合うか合わないかのギリギリな距離。
瞼を閉じた愛都に合わせて、香月も視界を暗くさせた。
― ピピピピピ...ッ、
だが、唇が触れる間際、2人の間を裂くようにして機械的な音が鳴り響いた。
それと同時に唇に触れていた吐息は消え、冷気が触れる。
「あぁ、残念だったね」
「...どういう、意味だ」
目を開ければ椅子に座りくすくすと笑う愛都の姿が瞳に写った。先程までの距離感はどこへやら。愛都は香月と距離を置いて笑い続ける。
その手には見慣れたもの...自身の携帯があった。
耳障りな機械音はそこから鳴っているようだった。
「答えは自分で確かめるといいよ」
そう言い、音を止め愛都は香月に携帯を投げた。
そして意味が分からぬままその画面に目をやった香月は途端に無表情になる。
「なんで...だよ。おかしい、じゃねぇか...こんなの...こんなの、嘘だ!!」
怒りのままに携帯を床に投げつけた。ガッと砕けるような音が聞こえたが、そんなことに意識を向ける余裕も何もかも香月には存在しなかった。
「もう、一週間が過ぎたっていうのかよ、」
声が上擦る。絶望に浸るのは、香月本人。顔面を蒼白とさせて口を戦慄かせる。
画面に映し出されていたのは“0:00”という時間と、意識を失ってから八日間加算された日付だった。
「...っ、ざけんな!!お前は俺のモノなんだ!俺だけの ――― 」
天から地に落ちたような底知れぬ虚脱感に苛まれる。
腹部の痛みも忘れ、愛都に掴みかかろうと起き上がり手を伸ばした。
「香月さん!!暴れないで!傷口が開いてしまいます」
しかし、複数の足音とともに突然やってきた白衣の人間たちによって体を押さえ込まれ、その手は届かぬまま空を切って終わった。
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