▽ 31 香月side
ぼんやりとした意識。その中にいたのはいつも同じ人物。
『まな、と...』
自分の喉は、はりついたように閉じ、酷く掠れたような声しか出ない。
目の前にいる愛しいその存在は、自分の腕を優しく撫でていた。そして香月を見てにこりと微笑む。
心地がいい。そう心地が、よかった。そんな中、ただでさえぼんやりとしていた意識がふわり、とゆっくり沈んでいく。
次に目を開けたとき、視界に写ったのは見慣れた学校の教室だった。
不自由さはどこへやら。制服を着ている香月は遠くにいる愛都の方へと向かって歩いていた。
『香月君、探したよ』
先程と同じようにニコリとほほ笑む愛都。
あたりには誰もいない。2人だけの世界。そして瞬きをした瞬間に背景は変わり、寮の中になっていた。
『なぁ、早く...』
意味深に、誘いをかける愛都に香月は目を細めて笑んだ。
甘い甘い甘い。甘美な...――― 夢の中。
それは何度も何度も繰り返し見ている光景。
『早く...早く早く早く、』
最後に聞こえたその声は、愛都のものなのか、自身のものなのか定かではなかった。
蜜のように甘い夢。だが、香月は何か違和感を感じていた。
それは胸の中にあった焦り。目的のわからない行動、何かをしなければいけないという焦り。
早くしなければいけない。早く、そう早く早く早く早く。時間がない。じゃないと俺は...――――
「...っ、ぁ...」
白い壁に白い天井。薄暗い室内。窓から差し込む月の光だけが唯一の明かりだった。
息を吸えば消毒液の臭いが肺まで届く。
「 香月君 」
その時、静かなその室内で自身に向けられた声が響いた。
「よかった...香月君、酷い傷を負って病院に入院してたんだよ、」
「入院...?」
横になる香月に寄り添うようにして、椅子に座る愛都はベッドに上半身を乗り上げさせ香月に近づく。
そんな愛都の方を見ようと起き上がろうとすれば、腹部がズキリと痛んだ。
そこで漸く香月は自身の状況を把握した。
思い出されるのは、名前も知らない男にナイフで刺される瞬間のこと。
バッドで殴られ、ボロボロになった体を追い詰めるようにして突き刺さる鋭利な刃物の冷たさ。腹を裂かれる感覚。体に異物が入り込む嫌悪感。
それら全てを体が覚えていた。
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