君のため | ナノ
 30




 全てのことはあっけなく、無情に過ぎていく。そう...それは幸福もまた同じく。

 「なぁ、なんか飽きてこねぇ?」

 力なく蹲る男、香月を見て不良の一人はそう呟いた。

 「確かに...ただ殴って蹴るのも飽きてきたな...いっつも同じリアクションだし」

 そしてもう一人がそういえば、残りの二人も無言で頷く。

 夜の路地裏。不良たち四人にリンチに遭った香月は口の中に溜まっていた血を吐いた。
 週に一度殴られに現れる香月を、不良たちは初め嬉々として殴っていたが、それが続けばやはり、飽きというものがやってくる。

 「そう思って...じゃーん。こんなの用意しちゃいました」

 すると、突然立ち上がったリーダー格の男はあるものを見せびらかしてきた。
 それは電灯の光で鈍く光る、鉄のバットと鋭利なサバイバルナイフ。

 「バットは貸してやるよ。ナイフは俺な。...一回、人を切ってみたかったんだよ。...なぁ、いいよな、お兄さん」

 ナイフを片手に、にやりと笑む不良の顔を見て、香月は嬉しそうに笑った。

 ― 新しい傷...きっと愛都は喜ぶ。

 鋭利なナイフは、香月にとって褒美にしか見えなかった。


 ――

 ――――

 ――――――


 肌寒い夜空の下。愛都は丸くなっていた背を伸ばす。

 「今...何時だ、」

 夕方。日が沈みかけていた時間のうちに、愛都は気晴らしに森の中を歩き、宵人の思い出の場所を訪れていた。
 そうして、大きな大木を囲むようにして咲き乱れる花の数々を眺めながら、いつの間にかベンチに座ったまま眠りに就いてしまっていた。
 肌寒く感じ、目を覚ませばあたりは暗く、月の光が輝いている。

 疲れが溜まっていたのか、いつになく深い眠りに陥っていた気がした。体の節々は痛かったが、どこか心地はよかった。

 「戻るか...」

 暗い森の中。しかし、遠くで見える学校の明かりを目印に歩けば、迷うことなく帰れそうだ。
 ただ問題なのは、綾西だった。あの綾西のことだから連絡もなしに帰りが遅くなれば、自分は捨てられてしまったのか、と飼い主である愛都の姿を探し回っているであろうことは、容易に想像できた。
 そう考え、足早になる帰り路。人気はなく、静まり返っていた。耳をすませば、普段は聞こえない虫の声が聞こえる。

 草を踏む音。木々が風に揺れる音。そんな自然の音は愛都の心を落ち着かせる。

 そうしてしばらく歩き、地面が作り変えられたコンクリートになった時。
 ふと、目を凝らした愛都は寮の門の前で一人立つ、人間の姿に気が付いた。

 「叶江...」

 「中でお前の犬が騒いでるよ」

 笑いながらそう言う叶江の言葉を聞いて、すぐに愛都はその犬が綾西のことだとわかった。
 つられるようにしてクスリと笑う愛都だが、叶江がわざわざ、そんなことを言うためだけに自分を待っているわけがない、と次に発せられるであろう叶江の言葉を待った。


 「香月和史。あいつ病院に運ばれたよ」


 そうして訪れた間の後に、紡がれた言葉は愛都の計画を次の段階に進める合図となった。





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