▽ 16
「もう...こんな時間か。」
あれから綾西に後ろから抱きしめられながら眠り、起きればすでに窓からは夕焼けが見えていた。
今日はクラスごとでの集団見学があったはずだった。しかし、愛都は綾西と2人でそれをサボってしまった。
きっとあと少ししたら見学から帰って来た弥生がどうしたものかと部屋を訪れそうだ、ということは考えなくても分かった。
― コンコン、
かと思っていれば、タイミング良く鳴らされるノック音。
「ん...だれ、?」
「...俺が出る。お前はここにいろ」
重たい体に力を入れ、ゆっくりと起き上がる。眠りが浅かったのか、ノック音で起きた綾西だが、愛都の指示通り起き上がりかけた体を再びベッドに投げ出した。
― コンコン、
そうしている間にも繰り返されるノック音。今日はいつにもまして弥生とは話をする気分になれなかった。
― 体調が悪いとでもいって、さっさと戻らせよう...
そして大きなため息をし、寝室を出た愛都は玄関の扉を開けた。
だが...―――扉を開けた先にいた人物は愛都の予想を大きく上回る人物だった。
「あっ、急にごめんな」
「...―――里乃、くん」
予想外の人物の登場で嬉しさと同時に焦りが込み上げてくる。
里乃は何をしに来たのか。まさか香月の部屋にいたことがバレていたのか。
表向きには笑顔を作った愛都だが、内心ではそんな不安が次々と溢れ出てきていた。
「どうかしたの?びっくりしちゃった」
「いや、ちょっと頼まれごとされてさ。...―――これ、渡してくれって。」
「ん...?」
スッと差し出されるのは大きめの、封のあいた封筒。不思議に思いながらもそれを受け取る愛都だが、次の瞬間里乃の口から発せられた言葉で思わず笑顔のまま顔を硬直させてしまった。
「あっ、これは恵君からのものな!それじゃあ、俺これから友達と約束があるから、」
「恵君...ね。わざわざごめんな、ありがとう。」
そうして背を向けて去っていくその姿を愛都は見送る。
ガチャリ、と閉まる扉。封筒の中に伸ばされる手。
「...ッ、」
中に入っていたのは...―――香月と2人でヤっている時の写真だった。
「あの野郎...ッ、」
怒りのまま何十枚もの写真が入った封筒を床に投げ捨て、部屋を出る。
部屋を出る間際、慌てた様子の綾西の声が聞こえたがそれさえも無視して愛都はある部屋を目指して足早に歩き始めた。
「どういうつもりだ」
思っていたよりも低い声音。しかし、怒りのまま怒鳴り散らさなかった自分を褒めてやりたいぐらいだった。
目的の部屋に着いてすぐ、愛都はノックをすることなく部屋に入った。しかし、それに対して部屋の主は愛都が訪れることを知っていたかのように笑みを浮かべて出迎える。
「んー?何のことかな、」
「...ッ、とぼけるな!写真だ、羽賀里乃に俺の写真を届けさせただろ」
そう言えば、「あー、あれね、」と叶江はわざとおどけた様子でポン、と手を叩いた。
「ふざけるなッ、もし、あの写真を羽賀が見ていたらどうするつもりだ」
「はははっ!よーく撮れてたでしょ?...でもさ、本当にあいつは見てないのかな?見たことを隠してるかもよ...写真が衝撃的過ぎて。もしかしたら愛都の写真で一回抜いてたりして」
「...ッ!」
叶江のその言葉を聞いた瞬間、あらゆる負の感情が愛都の中でせめぎ合った。
まだ、愛都自身を嘲笑されるのは我慢できた。ただ...―――里乃を貶すような、その言葉だけは許せなかった。
一瞬、額に血管が浮かぶ。
しかし、叶江は愛都が怒りを見せれば見せるほど喜び、楽しんでいるのを知っていた為、何とか感情を抑え込む。
静かに息を吸い込み、そして吐きだした。そうすればいくらか怒りを紛らわせた。...根本的なものは静まらなかったが。
「あぁ、そうか。あんたも欲求不満?あんな写真撮りながら、1人で抜いてたんだろ?...―――相手、してやろうか」
ニヒルな笑みを浮かべて一歩一歩、ゆっくりと叶江に近づいていく。
そして挑発するかのようにベッドの上に座る叶江の目の前に立ち、首元に手を回し耳を舐めた。
だがしかし、それに対する叶江の反応は予想外のものだった。
「いいや、結構。俺はこれから約束があってね、朝まで楽しむんだ。...悪いな、お前の相手ができなくて。」
「...あぁ、そうかよ」
「まぁ、わざわざ俺を誘うためにここまで来てくれたんだ。土産はやるよ」
そう言うなり、叶江は愛都の腕を掴み、引き寄せると首筋に強く吸いついてきた。
「い...ッ!」
覚えのあるその感触に、思わず愛都は叶江の胸元を強く押し返し距離をとった。
― コンコン、
そのタイミングで突然部屋にノック音が響く。
「入っておいでよ、」次に聞こえたのは叶江のその声。
そうして入って来たのは、小柄な男だった。男臭さの無い、中性的な顔立ち。
「それじゃあ、恵君。先生に頼まれたものも届けたし、俺はもう戻るね」
第三者の目ができてしまったため、しょうがなく猫を被り愛都は叶江の部屋を後にした。
ジトっとした、重苦しい視線を背中に浴びながら...
― クソ...ッ、こんな痕ついてたら香月が五月蠅くなる。せっかく順調にことが進んでるのに。
とりあえず今日は暗闇の中で香月と行為をしなければ...。そうすれば痕は上手く誤魔化せる。
そして、部屋を出て廊下を歩く愛都は動揺することなく、首についた痕について対処法を考えていた。
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