▽ 12
気だるい体。だが気持は高揚していた。
香月のあの態度。あれはもう俺に夢中になってきているといっても過言ではないはずだ。
ベタベタと香月に触られた体を湯に沈め、愛都は頬を緩めた。
「愛都、」
「...ッ!」
そんな時だった。突然背中に向けられた愛しい声を捉えたのは。
宵人と同じ声音。ゆっくりと首を後ろに向ければそこには里乃の姿があった。
― まさか、今までの行為を見られて...
不意を突かれて愛都の体はその状態のまま硬直し、心臓は激しく脈打ち始める。
一気に、なぜか罪悪感のような感情が胸を締めつけた。
「隣、入ってもいいかな?」
「...ぁ、うん。もちろんだよ」
里乃はニコリと愛都に笑いかけ、そして湯の中に入って来た。
「偶然だな。まさかこんな時間にここで会えるとは思わなかったよ」
「俺もびっくり!友達とホテルん中探索しまくってたらこんな時間になってさ」
「そうだったんだ。あれ、じゃあ今はその友達と来たの?」
「おう!露天風呂は寒いって言って中の風呂にはいってるけどね」
「そう...」
ハラハラと気持が焦り、落ち着かない。“いつからそこにいたの?”そんな簡単な質問さえ喉につっかえ、言うことができない。
「でも危なかった。あと少し来るのが遅かったら愛都とすれ違いになってたかも。そういえば、脱衣所で香月君と会ったんだ!」
「え...あ、そうなんだ。...香月君か、ずっと露天風呂にいたから気がつかなかったな」
「てかさ、香月君も愛都もイケメンだし、やっぱり顔が良い奴って人混み避けて入るもんなのか?」
「あー、でも人混みは基本的に苦手かな」
途端、愛都の顔には安堵の笑みがこぼれた。
― よかった。見られてなかったんだ。
焦る気持ちは消え、喉のつっかえもなくなる。顔の筋肉全体が緩まった。
「そう言えば、大丈夫?なんか顔がすごい赤いけど...のぼせてる?」
「うーん...たしかに、ちょっとのぼせたかも。そろそろ、俺は上がるね」
安堵し、里乃に言われて漸く愛都は自分が湯の熱さで体調が変化し始めてることに気がついた。
自分の体調も分からなくなるほど動揺してたとは思わず、僅かに苦笑いする。
そして愛都はまだここにいたい、という気持ちを抑え里乃に別れを告げるとそのまま湯からあがり出口に向かって歩いていった。
――
――――
――――――
「ぁ、おかえり愛都、」
「...ただいま」
部屋に戻ればドアの開く音を聞いた綾西が笑顔で駆け寄ってきた。
「俺、ちゃんと留守番してたよ」と、今時幼稚園児でもできるような簡単な事を褒めてとばかりに言ってくる綾西。愛都はそれが少しおかしく感じ、口角を上げると綾西の頭を優しく撫でてやった。
綾西はそれに対し満面の笑みを浮かべ寝室に入っていく愛都の後ろを犬のように追う。
そしてラフな格好に着替え、ベッドに横になればベッドは2つあるというのに当たり前のように綾西は愛都のいるベッドの中にもぐりこみ、後ろから抱きついてきた。
「暑苦しい、」
「んー、ごめん」
しかし愛都はそれ以上、文句を言うこともなく綾西に抱きつかれたまま、重たい瞼を閉じて眠りについた。
そんな愛都の肩口に綾西は顔を埋め、再び満面の笑みを顔に浮かべた。
「愛都君!これ見て!すごくない?」
「うん。絵が細かくてきれい」
沙原に腕を引っ張られ、目の前に出されるものに素直な感想を告げる。
見学旅行2日目。今日はホテルの近くの街場で自由行動ができた。色々と歩きまわり土産物屋に来たのだが、そこは珍しいものが多くあり、愛都と綾西、そして沙原はもちろんのこと永妻と香月もフラフラと店内を歩いては足を止め、置物やガラス品などを鑑賞していた。
といっても、愛都の場合沙原に連れまわされている、と言った方が正しいが。
昨日の夜、愛都が香月といた時、ちょうど沙原が部屋に来ていたらしかった。そこで遅くまで待っていたが、堪えられなくなった永妻に半ば引きずられるようにして部屋に帰ったと、綾西から朝に話を聞いた。
そのせいか、今日会ったときからやけに沙原は愛都にべたべたとくっつき、いつも以上に甘えてきた。
それは少し異常と言ってもいいほどで、いつもは何だかんだ永妻と一緒にいて、永妻と行動する沙原は永妻に何を言われても生返事しかせず、愛都の隣に居続けるほどだった。
そのこともあり先程から永妻はその女のような愛らしい顔を歪めてばかりいる。土産品を見ている今も、眉間には皺が入り、口角は下がっていて不機嫌なオーラを隠さずに出していた。
「次はあっち見よ!」
それでも沙原は気にしていないのか、それとも気づいていないのか、相変わらず愛都を連れ回す。
そして永妻の横を通った時、永妻は愛都を睨み、舌打ちした。
― はっ。すごい嫌悪。永妻もいい気味だ。
「香月君、何を見てるの?」
「...別に」
沙原が別のものに惹きつけられている隙にすぐ近くにいた香月の肩を叩き、顔を覗き込む。
するとあからさまに香月は顔を背け、視界から愛都を消した。
「香月君?」
「お前飽きないのか、見学。朝からずっと弥生に連れ回されて」
「あぁ〜。俺は別に飽きないよ。でも―――」
「確かに香月君と一緒に回れないのは残念かもしれない」そう香月の耳元で呟けば、じとり、と香月は横目で視線を向ける。
「そうだ。ちょっとトイレで休憩しない?俺も後から行くから先に行っててよ」
ポンと肩をもう一度叩き、意味ありげに笑めば香月はどこか不機嫌そうに下げていた口角を上げて笑んだ。2人は視線だけで会話をする。そして何も言わずに香月はトイレの方へと歩いていった。
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