君のため | ナノ
 9 香月side



 ― ダメだ。足りない。全然足りない。

 最後に千麻とヤってから数日。異常な性欲が俺を追い込む。
 あれからどんなにセックスをしようと、誰としようと満足することができず消化不良のまま情事を終えていた。
 挿入しても中々イケず、先走りを零すのみの自身。

 ― 千麻と寝てから俺の体はおかしくなった。

 勃起するのさえ、時間がかかる。

 自らの体の異変に苛立ちが募る毎日。そのせいで無意識に起こる足の揺すり。それは夕食をとるための席の場でも関係なく起こる。

 右隣に座っている弥生は夕食のコースディナーが楽しみなのか先程から晴紀とその話で盛り上がっていた。
 だが、香月は会話に参加せずただただその会話に耳を傾けるのみ。今の気分のままだと、へんに口を開けば苛立ちを弥生にぶつけてしまうかもしれなかった。

 「あっ、こっち!こっちだよ」

 不意にレストランの入り口に目を向けた弥生は目を輝かせて立ち上がった。何事かと思って後ろを振り向けばこちらに近づく2人組が視界に入る。

 「ごめんね、遅くなっちゃって」

 そう言い俺の左隣に座ってきた千麻は朗らかに笑い、5人用の円卓テーブルの残り1席、晴紀と千麻の間の席に泰地がつく。
 悩みの原因である千麻が現れた為か、突然に先程までうるさくなっていた足の揺すりが止まった。しかし、千麻の隣にい座り続ける泰地の存在によって香月の機嫌はさらに悪化した。

 「でね、愛都君。明日の自由行動の時間よかったら一緒に過ごさない?和史と晴紀と僕と...皆で、」

 「本当?嬉しいな。綾西君も一緒でよかったらぜひその中に入りたいな」

 “綾西君”その言葉に反応したのは俺だけではない。
 隣にいた弥生。笑みは浮かんでいたがその瞬間、眉がピクリと不快気味に動いたのを俺は見逃さなかった。

 「もちろんだよ!そうそう、愛都君はどこに行きたい?気になるところ教えてよ」

 「うーん、俺はどこでもいいよ。沙原君達と一緒に行動できるなら」

 「ッ、僕も愛都君がいてくれたらどこでもいいかも....なんて、」

 そう、どこか千麻贔屓をする弥生。しかし今の俺はそのことにたいして嫉妬などはしなかった。
 先程から睨みをきかす晴紀は違うようだが...

 確かに俺は弥生のことが愛しいと思っている。だがそれ以上にある別の感情が俺を支配する。
 千麻の仕種、声、全てに意識を持っていかれていた。



 たいして会話に参加をしなかったために早くに食事を終え、香月は一息ついた。
 千麻はゆっくりと一口一口食べていたために今、漸くデザートに手を出したところだった。

 綺麗に着飾られたケーキをフォークで一口分掬い、口元へと運ぶ。
 そして薄い桃色の唇を小さく開けたさいに見えた、赤い舌―――― それがひどく卑猥に見え、ゾクリとした。

 あの口腔を嗚咽が出るほどに犯してやりたいという欲望が頭の中を蝕んでいく。
 次に視界に入ったのは、服で包み隠された見慣れた肢体だった。
程よく筋肉がつき、しなやかに伸びるそこには華奢という言葉は不適であり、見ていて飽きない美しさがあった。その体を無理に組み敷く快感は計り知れないほどだ。

 「...ッ!」

 周りには見えないよう、ツー...と太股を触り腰を撫でつければ、千麻は体を硬直させチラリ、とこちらに目を向けた。

 『急に止めてくれよ。ビックリするじゃないか』

 こそこそと、そう呟いてくる千麻にほくそ笑む。弥生が晴紀の話に夢中になってるのをいいことに、俺は手を伸ばして千麻の内腿、そしてきわどい所へと手を滑らせる。
 
 そうすれば千麻は頬を赤く染め、息を詰まらせた。淫乱な体をしているくせに反応はウブで笑いそうになった。

 止めるようにして、俺の手の上にのせてくるその手を逆に握り指を絡めてやる。
すると意外にも千麻は同じように指を絡めてきた。
 それによってある確信を得た俺は千麻にだけ聞こえるよう耳元に近づき...

 「 夜10時にロビーに来い 」

 そう囁いた。そうすれば予想通り千麻は嬉しそうな顔をして小さくうなずいた。
 その顔を見て満足した俺は、先程から嫉妬の目を向けてくる綾西に優越感から生じた笑みを返す。
 俺の笑みを視界に入れた綾西は当然のことながら目を見開きそして悔しそうに眉間に深い皺をつくった。
 
 千麻は確かに綾西を傍においた。しかし実際、千麻は俺の言動に喜び、何をされるか分かっていてもなお言うことを聞こうとする。それはまるで、俺に好意を抱いているかのように。

 俺と綾西は違う。接し方も態度も全て。千麻はこんな風に綾西に笑いかけないし、こんな風に頬を赤く染めない。

 ― そう、俺は千麻にとって特別な存在なんだ。

 俺が求めなくても千麻は俺のことを求めているんだ。

 細まる目。上がる口角。

 今の俺は中々に最高の気分だった。





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