▽ 6
強い風に揺れる髪。フェンスに寄りかかって立っている男は無表情で愛都のことを一瞥した。
「要件は?」
手短に終わらせてさっさと叶江の元を去ろうと思い、そう話しかけるが当の本人は無表情のまま口を閉ざすばかりである。
「ないなら、帰るぞ」
いつもながら、謎なこの男だが今日は一段と面倒くさい。呼び出しておいて、だんまりとはなんだ。
募っていく僅かな苛立ち。しかし愛都は発言した言葉とは矛盾して叶江からの要件を待った。
それはこの男からどこかおかしさを感じたからだ。
いつも人をバカにしたような、見下した笑みを浮かべるその表情は崩れ去り、人形のように微動だにしない。
怒っているのかどうかもよくわからない表情。
「“あれ”は何でいるんだ。」
「...“あれ”?」
そうして、しばらくして向けられた問いかけに、愛都は一瞬理解することができなかった。
「何でお前の隣にいるんだ」
一歩ずつ、ゆっくりと愛都に近づいてくる叶江。
「あぁ、綾西のことか。...はっ、いいだろ別に。俺があいつを可愛がろうが、そばにおこうがお前には関係のないことだ。」
「ダメだ。俺の言うことを聞け」
「嫌だね、お前に指図される覚えは...―――う゛ぐっ!...ぅ、」
突如振り下ろされる拳。咄嗟に避けようとしたが、反応するのが遅かったせいで避けきれず口元を強く殴られた。
微かな鉄の味が口内に広がる。
「今すぐあいつを捨てるんだ。お前は奴らを排除するんだ。俺を楽しませるために」
「そんなこと知ったこっちゃないね」
血の混ざった唾液を吐き捨て、叶江を見据える。
愛都の返答に叶江は眉をピクリと動かした。そしてその瞬間、脇腹に走る衝撃。
あえて避けなかった愛都はもろにそれを受け、地べたにその勢いのまま倒れこむ。
「何度も言わせるな。俺の言うことが聞けないの」
仰向けに倒れている愛都の上に跨り、叶江は顔を近づけてくる。
「面白いと思ったから傍においてやったんだ。俺が望む限り、綾西は俺の元においておく。親の力を使ってでも、あんたの手であいつを排除するなんてこともさせない」
そう言えば僅かに叶江は目を細め、苛立ち気に愛都の頬を殴った。
じん、と痛む頬。口の端から僅かな血が流れ出る。
理不尽な暴力。しかし、今はとても気分がよかった。これほど暴力に対して悦に浸ることができるとは思わなかった。
あの叶江を取り乱せたという事実がおかしくてしょうがない。随所に見られるいつもとは違う口調がさらに愛都を喜ばせた。
ニヒルに笑う愛都。そんな愛都を叶江は冷たく見下ろした。
「あーぁ。愉快、愉快」
自分の思い通りに事がいかず、苛立ち、暴力にものを言わせようとする叶江。
無表情を突き通そうとしていたが、時折不快そうに眉をひそめ顔を歪めさせていた叶江のあの顔が忘れられない。
そのことを思い出せば、傷つき痣だらけで投げ出された自分の四肢などどうってことなかった。
足首まで脱がされたズボン。上の制服は中途半端に脱がされ、Yシャツのボタンはいくつか千切れとれてしまっていた。
最低限、下着とズボンだけでも穿きそして再び地べたに寝そべる。
全身に広がるあいつがつけた痕。それは所有を示そうとするかのようなキスマークや噛み痕から、殴打のあとまで...さまざまだった。
しいて言うならば尻の間から垂れ、流れ出る自分の血とあいつの白濁だけはどうにも気持ちが悪かった。
慣らしもせずに突っ込まれたせいで先程から突き刺すような痛みがそこを走っている。
乱暴に出し挿れされるだけのそれに愛都自身が反応するわけもなく、3度中出しされる間も当然ながら終始イクこともなく、萎えたままだった。
行為の最中、激しい痛みからあがる悲鳴染みた声。それでも、愛都の中から悦が消えることはなかった。
最後まで叶江の言うことに頷かなかった。
叶江にされるがままの愛都だったが、最後もニヒルに笑って叶江の顔を見てやった。
舌打ちをして、愛都をおいて屋上を後にした叶江の背中が頭から離れない。
やはり、綾西を見捨てないで傍において正解だった。
多少、場合によっては扱いづらい部分はあるがあいつの取り乱す姿を見れるのだと思えば、そんなことも大したことではなくなる。
― まぁ、例外は綾西だけのつもりだけど。
あとの奴らを救うつもりはない。徹底的に堕としてやる。
しかし、愛都の中で1つだけ疑問があった。
それは沙原のことだ。
― どこか上手くいきすぎている気がする。
それはもう何度も思っていること。計画通り...いや、それ以上の進み具合にやはり戸惑いを感じる場面も多々あった。
だが沙原が愛都に対して抱くあの歪んだ感情...あれが嘘ではないと言い切れる自信はあった。
― でもなんか引っかかるんだよな...
働かせる思考。しかし今の愛都にその違和感をつきとめることはできなかった。
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