君のため | ナノ
 20



 「そろそろ...かな」

 綾西がいじめにあうようになって2週間。やはり香月と永妻も綾西の異変や、いじめには気がついているようだった。といっても一度も助けようとはしていないが。
 むしろライバルが減る、と喜んでいるんじゃないか?

 しかも一番助けを求めたかった沙原には気がついてもらえないどころか、日増しに嫌われていってる。

 ―まぁ、そう仕向けたのは俺なんだけどさ。

 綾西へのいじめにはこないだ強姦してやった男子生徒2人を使った。
 やはりふざけた調子のものだからか人脈は広かったらしく今では大勢の奴らが綾西をいたぶっていた。

 今の調子だと多分あと2〜3日で不登校になるんじゃないか。でも、ここまでよくもった方だ。

 あとは最後のひと押し。それで完全に綾西を一人にして空虚の中に閉じ込めてやる。
...俺しか見れなくするように。

 「愛都!ごめん、ちょっと遅れた、」

 「ううん、大丈夫だよ。俺こそ急に誘っちゃってごめんね」

 「何言ってんだよ!それこそ大丈夫だから!」

 場所は図書室。読書スペースで寛いでいた愛都は待ち人...里乃の存在に胸を高鳴らせた。

 コソコソと小さな声を出してくる里乃は、本当...何というか可愛らしく見える。

 「そういえばお勧めの本、教えてほしいんだよな?こっちだよ、きて」

 そういうと里乃は俺を手招きし、図書室の奥の方へと案内してくれる。

 そう、里乃には面白い本を教えてもらう、という名目の元、放課後わざわざ図書室へと来てもらったのだ。
 といっても、それはただ単に里乃と会いたくて作った理由だが。

 俺は3−A、里乃は3−D。クラス自体も離れていて、しかも俺自身の存在は目立ってしまうという事もあり普段は全くと言っていいほど里乃とは関わることができなかった。

 いつも遠くから里乃の存在を確認するだけ。

 だから会えるところといえば人の少ない図書室か、2人きりになれる寮の部屋ぐらい。

 この時ばかりは本当、自分自身の状況を不便だと思ってしまう。

 「なぁ、愛都!俺さ、昨日とっておきの場所見つけたんだ」

 「とっておきの場所?」

 何冊かの本が入って少し重くなった鞄を持ち、すぐ隣にいる里乃に目を向ける。

 「おう、よかったら今からちょっと行ってみないか?」

 「それは行きたい...けど、俺に教えちゃってもいいの?」

 「いいのいいの!愛都だけに秘密で教えてあげたいんだ」

 「本当?嬉しいな、ありがとう」

 そうして里乃の提案の元、愛都は帰り道を少しそれてもう少し長く里乃といられることになった。

 学校を出てからすぐそばの森に入って数分。その間愛都は里乃の後ろをついて歩いていた。

 「里乃、こんな所を1人で歩いていたのか?」

 「うん。俺、散歩するのが好きでさ」

 「そっか、」

 里乃の返答に思わず笑ってしまった。
散歩と言ってもこんな森の方になんて、金持ち坊ちゃんたちはきっと誰も来ないだろう。
...意外と里乃は冒険家なのかもしれない。

 それからまたしばらく歩き、少し疲れてきたなと思った頃、里乃は嬉しそうな顔で俺の方を振り向いた。

 「ここだよ」

 里乃に言われるまま前を向いた愛都は思わず息をのんだ。

 「ここ、は...」

 目の前には見上げるほどの大きな大木があり、その周りを囲むようにして色鮮やかな花が咲き乱れていた。あたり一帯にきれいな光景が広がる。
 そしてなぜこんな所にあるのか、大木の隣には2人用のベンチが置いてある。

 その光景には見覚えがあった。

 ―宵人が前に見せてくれた写真と、同じ光景だ。

 そう気がついた瞬間、胸の内からドッと何かが溢れ、目頭が熱くなった。

 ――


 ――――


 ――――――

 『愛都、すごくきれいでしょ。僕のお気に入りの場所なんだ』

 そう言って俺に写真を見せてくれた宵人の姿が鮮明に思い浮かんだ。

 「宵人も...ここに来てたんだ...」

 宵人と同じ光景を、見ている。宵人のお気に入りの場所。
 そこに偶然、俺は来ることができたんだ。

 『本当は愛都と一緒にここに行きたかったんだけどね。でも、それは難しいことだから』

 写真を見つめ、

 『ほら、このベンチに座ってさ、ゆっくりくつろいで...』

 そして俺に微笑みかける宵人の姿

 「え、ま、愛都!?」

 俺は堪えることができず、そのまま涙を流した。

 本当、自分は宵人のこととなると、てんで弱くなる。しかも里乃の前であんな...

 「はぁ...」

 「少しは落ち着いた?」

 「...うん、もう大丈夫。ごめんね、心配かけちゃって」

 「ううん、俺は構わないよ」

 涙の乾いた目をゆっくりと瞬かせ、深呼吸する。里乃もそんな俺を見て、漸く安心したように胸を撫でおろしていた。

 それからはただひたすらに沈黙が続いた。

 2人でベンチに座っているだけ。聞こえるのは風がもたらす葉の擦れる乾いた音や、鳥の鳴き声だけ。

 だが、今の俺にとってそれはとても心地よく感じた。
そして俺が泣いた理由を探ろうとはしない里乃にもひどく感謝した。

 ――


 ――――


 ――――――

 「それじゃあ、俺はもう1階上だからここで、」

 「うん、また明日」

 里乃を1人残し、俺は寮のエレベーターから降りる。トン、と扉が閉まり里乃がいなくなった瞬間、俺は顔から笑みを消した。

 今日は色々あったが、さらに俺の決意を固めらせる日でもあった。

 ―全ては宵人のために。

 宵人の小さな幸せも何もかも奪い、自分たちだけ幸せに生きていた奴らからその幸せを奪う。

 まずは最後のひと押しといこうじゃないか、綾西。

 愛都は上着のポケットから携帯を出すと、アドレス帳からある人物を探しだし電話をかける。

 「もしもし。あのさ俺、面白い画像持ってるんだけど.....」

 徐々に歪んでいく自分の顔が、暗くなり光に反射した窓ガラスに醜くうつった。

 




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