▽ 18
「はぁ...」
体力があろうと、やはり2日続けての性行為は疲れるものだ。ケンカをした後とはまた違う倦怠感が心身ともに纏わりつく。
結局午後の授業はサボってしまった。携帯の時計を見ると、ちょうど15時になる頃だった。
―このまま帰るか...鞄は置いていこう。どうせなにも貴重なものなんて入ってないし...そんな鞄をわざわざ取りに行くのも面倒だ。
そう思い立つやいなや、俺は重たい足腰を持ち上げ、寮に向かって歩いて行った。
――
――――
――――――
「...ん...何、」
急に体に何かが寄り添い、緩く締められる。
あまり深い眠りではなかったせいか、その行為で俺は目を覚ました。
寝ぼけていたせいで、また叶江に抱きつかれたのかと思ったが、すぐに違和感、疑問を感じそっと後ろを向いた。
「...沙原」
叶江にしては少し小さな体格に、細い腕。
―そもそも、叶江がいるわけないしな。
そっと体を起き上げ、眠っている沙原を体から離す。
シングルベットに男2人はやはり狭い。じわじわと感じる他人の体温が気持ち悪かった。
近くに置いておいた携帯を見ると、時刻は夕飯時を示していた。そろそろ夕食の準備をしよう、と面倒臭さを感じたがキッチンへと向かって歩こうとする。
「...っと、危ない」
「待って、愛都君」
しかし上着の裾を引っ張られ前に踏み出しかけた足は後ろに下がった。
「ごめんね、沙原君。起こしちゃったかな」
バランスを取りなおし、上体を起こした沙原に近づけば甘えるように俺の体にくっついてきた。それに対し思わず口元が引き攣りそうになる。
「どうしたの?沙原君。」
「...話をしよう。愛都君と話がしたいんだ。...帰ってきたらゆっくり話をしようって言ってたでしょう」
「あぁ、そうだったね。でも今は夕飯を作らなきゃ――― 」
「あのね!今日は僕と愛都君2人でご飯が食べられるよ!和史たちには夕食は別々にしてもらったんだ」
「え?...よく2人とも了承したね。俺と沙原君2人でなんて、反対されたんじゃない?」
「ううん、大丈夫。これくらい。それよりもね、今日は――― 」
「あー、とちょっとストップ」
未だに話し続ける沙原の口を俺は慌てて手で塞ぐ。
このままではいつまでも長く話されると思ったのだ。こっちの都合も気にせず、沙原は話を続けようとする。
自分勝手な沙原に嫌気がさしてしまう。きっと今まで自分の思う通りに事が済んできたのだろう。
だから他人のことなど考えずに行動するのだ。
「...っ!」
その時、沙原の口を押さえていた手をべろり、と舐められた。その反動で俺は押さえていた手を沙原の口元から離す。
「何を考えてたの?ねぇ、話をしようよ。僕、愛都君と話がしたいんだ」
そう同じようなことを繰り返し言う沙原の瞳には、いつものような無邪気さは感じられなかった。
「ごちそうさまでした。愛都君、すっごくおいしかったよ!」
「おそまつさまです。気に入ってくれたなら俺もすごく嬉しい」
空になった皿を見て、俺は何となく満足する。食べるのが誰であれ、やはり自分が作った料理をおいしそうにたいらげてもらうのは嬉しいものだ。
...まぁ、目の前にいるのが宵人だったらもっと...比べ物にならないほど幸せなんだろうけど。
「僕も食器洗うの手伝うよ!」
「本当?ありがとう、助かるよ」
食器を洗おうと立ち上がれば、すぐに沙原も立ち上がり手伝いを申し出てくれた。
そしてニコニコと嬉しそうに笑う沙原と流しに並び何やら変な雰囲気の中、食器洗いを始める。
自分よりも低い位置にある沙原の表情をチラリと窺うが、洗っている間もずっと笑顔だった。
―思ったよりも早く、沙原は俺に好意を寄せるようになった。しかしこいつの好意は作りものの俺へのもの。バカだな、こいつも。...だがそのおかげで事は順調に進んでいるのも事実だ。
綾西ももう少し...もう少しで堕とすことができる。
そしてその最後...重要な役割を果たすのは沙原、お前だ。
「そういえばさ、綾西君授業休みがちだよね...大丈夫かな」
「あぁ、そうだね。前まではこんな休むようなことはなかったんだけど...」
「ちゃんとご飯食べてるかどうかも心配だな。あっ、後で何か持っていってみよう。でも今部屋にいるかな...沙原君、どう思う?」
「...どうして泰地のことばっかり話すの?そんなに愛都君は泰地と仲がいいんだ。」
急に皿を洗う手を止め、不機嫌そうな声を出す沙原。表情は先程と打って変わって沈んだものだった。
―分かりやすい反応。俺が来るまでは綾西とずっといたくせに、きっと今はその綾西に対して軽い嫉妬心を抱いているに違いない。
目的を果たすために沙原に好意を寄せられるよう行動してきた結果がこれだが...それにしても沙原に対しては少し上手くいきすぎな気がする。
あれだけ香月達に好かれてよくしてもらっていても靡かなかった沙原がこうもすぐに俺を好きになるものだろうか。
今更ながらにそんな疑問が浮かぶ。
「うーん、でも俺...綾西君に嫌われてるっぽくてさ。なんかしたかな。」
愛都も皿を洗う手を止め、語尾を弱めてそう言えば沙原は体に寄り添い、ゆっくりと顔を上げてきた。
少し、沙原が背伸びをすればキスできてしまうというほど近くに沙原の顔がある。
「大丈夫だよ、愛都君。僕がいるから元気出して」
「...沙原君、ありがとう」
ふわりと微笑み、濡れた手でそっと沙原の手を掴む。その瞬間沙原の顔は赤くなり、照れたように下を向いた。
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