君のため | ナノ
 10 綾西side



 「はい。これでいいんだよな」

 「うん、そう。ありがとう〜」

 恵の部屋の玄関にて俺はある物を恵から買っていた。

 恵から今しがたもらった小瓶を顔の前で軽く振り眺める。
 中に入った液体...それは媚薬だった。

 「それ、愛都に使うんでしょ?」

 「え?なんで〜?教えなーい」

 「...じゃあ、それ返して。愛都以外の奴に使うんならやっぱり売らない」

 そういうなり、恵は俺の手から小瓶を奪おうと手を伸ばしてきた。
 俺はすぐにその手から逃げるようにして、背中に隠す。

 「えー、それは困るっ、これ即効性で効き目が強いんでしょ?それに恵が売るものだからパチモンでもないだろうし...」

 ― あまり、こういうのは計画が狂ったら嫌だから言いたくないんだけどな...まぁ、しょうがないか。

 「わかったわかった。恵には特別に教えるよ。使うのは...千麻だよぉ、恵の言う通り。もう、ぜーったい秘密にしてねぇ。他の人に言っちゃダメだよ」

 そう、俺が言えば恵は目を細め、不気味に笑った。
思わず俺はそれに対して口をひくつかせる。

 千麻の考えていることは大まかにだったら分かる。
...俺、そして和史達に復讐する。そのことだけを考えて全て行動しているんだ。

 だけどこいつ...恵 叶江は何を考えているのかが全然わからない。

 千麻を自分の犬だといって可愛がっているのかと思えば、俺や香月達に強姦させたり、今のように千麻に使わせるためだけに媚薬を売ったりして...。
 
 恵は千麻に執着しているのではないのか?
でも、今までの仕打ちを考えると...分からない。

 「はぁ...じゃあ、俺は帰るねぇ。ばいばい恵」

 答えのない問いを続けてもしょうがない。
俺は考えるのをやめ、今はただ素直にこの状況に従っていくことにした。

 「愛都にそれ、バレないかな」

 「...?」

 恵に背を向け部屋を出た瞬間、恵はそう言葉を投げかけてきた。
 しかし、不思議に思い振り向いたときにはすでに扉は閉まっており、中からガチャリと鍵を掛ける音がしただけだった。

 ― 何を今さら...。恵自身、これを千麻に使うのだろうとわかって売ったくせに。

 そう思いはするが...恵のその一言で俺は一気に自分の中の不安が膨れあがるのを感じた。



 「なんであいつが...」

 恵の部屋から自分の部屋の近くまで戻った時、ふと、今しがた戻ろうと思っていた部屋の前にあいつ...千麻が立っているのを見つけた。

 まだ千麻は俺に気がついていないようだったので今、戻るのはやめようと一歩後退する。
...が、すぐに俺は自分の手の中にあるものを思い出し、目を細めた。

 ― ちょうどいい。呼ぶ手間が省けたじゃん。さっそくこれを使おうかな。

 俺は小瓶を制服のポッケの中に入れ、千麻の方へ再び歩み始めた。

 「俺に何か用〜?千麻」

 「ん、綾西君。会えてよかった。今、大丈夫?夕飯たくさん作ったから持ってきたんだ」

 話しかけると千麻は、いつもの表向きの顔で俺に対応してきた。

 「夕飯?...何、あんたが作ったの?」

 「あぁ、そうだよ。沙原君たちから綾西君は一緒に食堂に行かないって聞いて。まぁ、結局香月君達も俺が作ったのを食べててさ、」

 こいつが作ったのなんて、何が入ってるかわかったもんじゃない。香月達が食べたということにも俄かには信じがたい。
千麻が言うことは何も信じられない。

 何のつもりでこんなことをしてきたのかは分からないが、何もかも信じてあれを食べることなんてできない。

 「ふーん。でも、いらなーい。それ持って帰ってよ。あっても捨てちゃうから〜。ま、でも部屋には上がって行ってよ。ここまで来た苦労は労ってあげる」

 「...うん」

 そう言って悲しげに笑った千麻の顔が何だかやけに視界に焼きついた。

 「コーヒーでもよかったぁ?今、お茶切らしてて何もないんだよねー、」

 「あー、どうも。綾西がわざわざコーヒー用意してくれるなんて思わなかったよ」

 コーヒーの入ったカップを渡せば、軽く笑いながらそう言われ俺は口元がヒクリと動いた。

 このコーヒーには先程恵からもらった媚薬が入っている。媚薬を千麻に摂取させるためにコーヒーを用意したのだが、さすがにこの行動は分かりやす過ぎただろうか。

 千麻が何かに感づいてコーヒーに口をつけなかったらどうしようかと思ったが、そんな危惧も千麻が普通にコーヒーを飲んだことによって想像に終わった。

 「ねぇ、綾西。このコーヒーさ、」

 ふぅ、と小さな安堵の息を吐いた瞬間に掛けられた千麻の言葉に俺は唾を飲み込んだ。
 やはり、バレてしまっていたか

 「そのコーヒーが何〜?」

 しかしここで取り乱すわけにもいかず、俺はいつもの表の自分を作った。

 大丈夫...大丈夫だ。だって作ったコーヒーを一口飲んで味の変化があるかどうか確かめたじゃないか。その時、特に味の変化はなかった。
きっと大丈夫、きっと...

 だけど頭の中を廻るのは恵のあの言葉だった。

 “愛都にそれ、バレないかな”

 手の平に緊張の汗を掻いた。





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