君のため | ナノ
 9



 ― 307...ここか、綾西の部屋は

 俺の部屋の階が2階なのに対して綾西の部屋は3階だった。遠いというわけではないのだが、別段近いわけでもない距離。

 弁当の入った鞄を片手に、手の甲で扉を3回ノックする。...が、出てくる気配が一向に無い。

 「綾西くん、いる?」

 一応周りを気にして外向きの呼び方で綾西のことを呼び、それから再びノックをするがやはり綾西は出て来ない。

 これは沙原の言っていた通り、どこかに出掛けていていないか。それともただの居留守なのか。

 「あの...もしかして綾西君に用事?」

 どうしたものか、と考えていると急に後ろから声を掛けられた。
 瞬間、俺は息が止まった。

 ― この、声...

 俺に掛けられたその声はよく聞き慣れた...しかし、ひどく懐かしい、愛しい声で。

 「...宵人っ」

 バッと声のする方を振り向く。

 「え?よい、と...?」

 しかしそこにいたのは当然のことながら宵人ではなかった。平凡的な顔立ちをした男子生徒がそこにはいた。
 
 でも見た目で1つだけ気になる点があった。それは男子生徒の髪の色だった。ダークブロンドで外人染みた髪色。
根元まできれいに染まってるし髪が傷んでいないことから多分、地毛なんだろうことがわかる。
 
 日本人の...しかも平凡な顔にこの色は合わないのでは、と思うものなのだろうが、なぜかその生徒にはその髪色がとても似合っていた。

 「あ...ごめんね。人違いしちゃったみたいだ。君の声に似ている人がいてさ」

 「あぁ、なるほど。びっくりしたよ」

 見た目は宵人とは全く違う。だが“声”はそっくりだった。俺の大切な...大切な存在と。

 未だ心臓が煩く鳴っておさまらない。1年半ぶりに聞く愛しい声に心が温かくなっていくのを感じた。久しぶりの感情、もう...ずっとなかった心の温かさ。

 「あ、そうそう忘れるとこだった!あのさ、君、綾西くんに用事があったの?」

 「...用事...あー、うん。そう。綾西君に用事があったんだけどいないっぽくて...」

 「そのことなんだけどさ、綾西君ならさっき出掛けてったばっかりだから今、部屋にはいないよ」

 「出掛けた、ばっか?」

 目の前の人物の“声”に心を惹き寄せられ当の目的を忘れていた。
 
 「うん。俺の部屋ここのすぐ近くなんだけどさ、ちょうどさっき部屋から出た時に綾西君が部屋から出ていくのを見て。そしたら君がすれ違いでやってきたから...って、なんか俺お節介だったかな」

 そういい苦笑いする男子生徒。たしかに...見ず知らずの俺にわざわざそんなことを教えてくれるなんて...きっとお人好しな性格なのだろう。

 「いやそんなことないよ、ありがとう。それにしても...そうか、出掛けたばかりか」

 「うん...寮の中の店に買い物に行くぐらいだったら、そんなに遅くはならないと思うけど...あ、なんなら俺の部屋で待つ?近いから行き来とか面倒くさくないよ」

 「え?君の部屋に?」

 まさかの言葉に俺は素で驚く。
初対面ですぐにお人好しな性格なのだな、ということは分かってはいたのだが...ここまでお人好しだとは。
 普通、初めて会った奴にこんな親しく接してくるものだろうか...名前も知らない、会って数分の相手に。

 「ん?そうだよ。あぁ、もしかして俺の同室者のこと気にしてる?それなら大丈夫、俺1人部屋だから。なんか去年まではちゃんといたんだけど、家の用事やらなんだかで中退しちゃってさ」

 戸惑う俺を見て何やら違う解釈をしている男子生徒。...無自覚か、無自覚でお人好しなのか。
 なんだか社会に出たらすぐに詐欺師に騙されてしまいそうだな、といらない心配をしてしまう。

 「どうする?」

 こてんと首を傾け、訊ねてくる男子生徒に俺は...

 「じゃあ、お言葉に甘えて上がらせてもらおうかな」

 素直にそうさせてもらうことにした。
特に何か考えがあったわけでもないし、この人物と一緒にいて利益も何もないのに。
 別に一端部屋に帰って、しばらくしてからもう一度綾西のところに行けばいいだけの話だ。

 だけど、そうはしない。
ただ単純に、もう少しこの人物と話してみたい...そう思ったからだ。

 「おっけい!俺の部屋はあそこ!な、近いだろ?」

 男子生徒が指差した部屋はここから3部屋分、離れたところにあった。
 そして、そう言うやいなや男子生徒はそこへ向かって歩き出す。

 「あ、ちょっと待って」

 「ん?どうかした?」

 足を止め、俺の方を振り向いてくる。

 ― なんだか、照れくさい...

 「今更なんだけどさ...自己紹介。俺、千麻 愛都っていうんだ。君の名前を教えてくれないか?」

 「ああ!そうだ!自己紹介がまだだったね、俺は羽賀里乃(ハガ サトノ)好きに呼んでよ!俺は、なんて呼べばいいかな?」

 「うーん、俺も好きに呼んでくれてかまわないよ」

 「了解!じゃあ愛都で!!」

 その瞬間、胸がドキリと高鳴った。まるで本当に宵人に呼ばれたように感じる。

 自然と俺の頬は緩み、笑顔になる...作りものなんかじゃない、笑顔にだ。

 「うん。俺は...基本呼称は上の名前だから、羽賀君で。...でも、2人でいるときは、」

 愛都と呼ばれたときに感じた胸の鼓動。もっと聞きたい、その声が...
 他の奴らとは違う...この目の前の人物は俺にやすらぎを与えてくれるんだ。

 だから君だけ特別扱い。

 「里乃って呼ばせて、」

 久々に頬が熱くなるのを感じた。

 「里乃、部屋きれいだね」

 「おうっ、ありがとう。まぁ、てきとうに座ってよ」

 男子高生の1人部屋と言うだけあって、変に覚悟をしていたのだがそんな覚悟もいらないぐらい里乃の部屋はきれいに片づけられていた。

 「なんか飲み物いる?」

 「ううん、大丈夫。気遣いありがとう」

 ゆっくりと椅子に腰をおろし、深く息を吸う。
トクリ、トクリと安定して心臓が動くのがわかった。

 心地が良い。この状態で里乃の声を聞き続けたら、このまま自然と眠りに就けそうだ。

 「愛都は綾西君と仲が良いのか?」

 椅子の上でリラックスしていると、近くに座ってきた里乃はそう、問いてきた。

 「綾西君とは...そうだね。ここに転校してくる前に一度会ったことがあってさ。その時に仲良くしてもらったんだけど...。でも、言うほど仲が良いわけでもないかな」

 むしろ俺は綾西にとって、恐怖の対象になっているのだから。

 「へぇ、そうなんだ。てか、愛都転校生だったのか!あーっ、あー、なるほど...だからか...」

 「ん?何かあるのか?」

 「いや、そんな大したことじゃないんだけどさ。...その、もうわかってるかもしれないけどこの学校、中等部からエスカレーター式の男子校で女っ気が無いせいで男同士の恋愛が普通なんだよな。
だから必然的に顔が良い奴は人気ですごい有名なんだ。それなのに俺、愛都のこと全く知らなかったから少し不思議に思ってたんだよ」

 ほら、愛都かっこいいから。最後の締めにそう里乃にいわれ俺は恥ずかしくなり顔を俯かせた。


 ――



 ――――



 ―――――――

 「また、来てもいいかな」

 「ああ!もちろん。いつでもおいでよ!そうだ、連絡先交換しない?今度は連絡とか取り合おうよ」

 「うん、そうだな」

 ズボンのポッケから携帯を出し、メアドを交換する。アドレス帳に新たに登録された“里乃”という文字に嬉しくなり頬が緩んだ。


 あれからしばらくの間、里乃の部屋で楽しいひと時を過ごした後、俺は本来の目的を果たすために重い腰を上げた。
 里乃はとても“よかった”。それは声だけでなく、中身もだ。

 この短い時間でそれは十分に分かった。話も面白く、時折楽しそうに明るい笑顔を見せる。

 そして、全く俺に媚びた態度をとらなかった。
このことが俺はとても嬉しかった。

 ― やはり、里乃は他とは違う...雰囲気というか、何かが宵人と...似ている。

 そのせいか、余計に里乃が...
 
 「それじゃあ、またね」

 「おうっ、また明日」

 玄関まで見送りに来てくれた里乃に軽く挨拶をして、温かな部屋を後にする。

 「里乃...また、声が聞きたいな、」

 パタリ、と閉まる扉。
 やけに廊下の空気が冷たく感じた。





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