君のため | ナノ
 7



 午後の授業は結局綾西は出席することもなく、俺にとっては特に何も起こらないまま過ぎ去ってしまった。そして向かえた放課後。

 頭に浮かぶのは綾西のことだった。

 精神的に弱い綾西。弱い、弱い、弱すぎる...少し、追い詰めてやればすぐに俺のことを恐怖の対象としてみるようになった。

 あいつはなんだ、悲劇のヒロインにでもなったつもりなのだろうか。
 計画としてあいつを追い詰めたのは俺だが、どうしても綾西のあの姿を見ていると愉快だと思う気持ちの他に、苛立ちも感じてしまう。

 早く、堕ちてしまえ。早く早く。
そうしたら少しはこの苛立ちも軽減することができるはずだ。

 はぁ、と苛立ちを吐き出すかのようにため息をする。

 「どうかしたの、愛都君っ。やっぱり転校初日は疲れたのかな?...僕でよかったらその疲れ癒してあげるよ」

 すると急に目の前に小柄な男子生徒が現れ俺の体に寄りかかってきた。
 それに嫌悪を感じながらも、笑みをつくり心配は要らないよ、ありがとう、と告げる。

 「え、何々抜け駆け!?待って待って、それなら僕の部屋に来ない?親睦を深めるためにも!」

 「そんなことより愛都君はどんな子がタイプ?愛都君のこと教えて!」

 「男同士に偏見とかは?」

 「てか、愛都君はやっぱり見た目からしてタチ?」

 1人が近づいてきたことによってぞろぞろと俺の周りに集まる生徒たち。

 帰り支度も終え、下校しようと思っていたのだがその生徒たちによって
道は塞がれてしまい、歩みを進めることができない。

 あぁ、うざいうざいうざい。
なんでそう、自分勝手にみんな動くかな。
話かけてくる内容も、気持ち悪い。
愛想をよくしてるとこういうのが多くなるから嫌なんだ。

 自分を作るようになってからは本当、そうつくづく思う。

 「あー、えっとごめんね。皆とも話していたいんだけど、これから届いた荷物の整理をしなくちゃいけないからそろそろ...」

 帰るね。そう言おうとしたが、その途中で小柄な男子生徒が2人ほど俺の体に抱きつき、もう少し話そうよとしつこく絡んできた。

 じわじわと伝わってくる他人の体温が気持ち悪い。思わず眉間にしわが入りそうになる。

 「ま、愛都君っ!!」

 あぁ、なんといってこの場を離れようか。
そう思い、頭を働かせたときすぐ後ろで少しキーの高い、上擦った声が俺の名を呼んだ。

 「沙原...君?」

 後ろを振り向けば、こちらを見る沙原の目とパチリと視線がかち合った。

 周りにあいつらの姿はなく、沙原は1人きりだった。

 「愛都君...君が僕の同室者だったんだね。...それで、その...案内がてら今日は僕と一緒に帰らない?...というか、是非帰りたいな」

 頬を少し赤らめて、恥ずかしげにそういう沙原。
そんな沙原の行動に俺は心の中でほくそ笑んだ。

 あぁ、お前から俺に会いに来てくれたんだ。ちゃんと俺のことも誰かから聞いたみたいだし。
 なんて都合がいいんだろうか。

 やはり食堂でのあの一件がうまい具合に沙原に効いたのだろう。

 「うん。わざわざ迎えに来てくれたんだ、ありがとう。それじゃあ皆俺帰るね、また明日ゆっくり話そう」

 そう言えば皆不満そうにしながらも俺から離れ各々帰っていった。
 多くの生徒は俺から離れていくとき、その隣に立つ沙原を見て立ち去る。

 先程までしつこかったのに、沙原が来ただけでこうもあっさりと離してくれるとは。
 皆、負け戦には興味などない...ということだろうか。まぁ、確かに学内でこうも良い方面で外見も内面も目立つ人物とは誰も張り合いたくはないだろうが。

 「じゃあ、帰ろうか。」

 そしてニコリと笑い、沙原はさり気なく俺の手を掴むと軽く前へ引き、歩みを促してきた。
 
 その行動を不愉快に思いながらも俺は照れたような笑みを作り、促されるまま一歩踏み出した。


 ――



 ――――



 ――――――

 「よし!これで最後だよね、愛都君」

 「うん、手伝ってくれてありがとう。すごく助かったよ」

 荷物が入っていた段ボールをたたみ1つまとめる。

 放課後、沙原と寮まで帰ってきた俺はとりあえず荷物を整理しようと重い腰を上げた。

 すると沙原も手伝うと声をかけてきたので、俺は笑顔でお礼を言い手伝ってもらった。

 案の定、元々1人でやろうと思っていたので予定よりも早く終えることができて時間が余る。

 「ねぇ、愛都君。お腹空いてない?」

 「お腹?そうだねぇ、空いてきたかも」

 時計を見れば18時になるところだった。普段はあまり夜は食べないため空いたといっても小腹ほどだが。

 「じゃあさ、食堂に一緒に行こうよ!」

 「本当?嬉しいな、でもごめん。俺、夜は自炊しようと思ってるんだ。料理作るのが好きでね」

 ...とは言いつつ、実際はそんなに料理をするのが好きなわけではないが。
 なら、なぜこんなことを言うのか...それは、

 「え!すごい!僕料理作るの苦手なんだ。と、いうか全く作れない。ね、よかったら僕食堂に行かないで愛都君の手料理食べたいな。なんならお金払うよ!」

 「お金なんていらないよ。むしろ食べてもらえるなんて嬉しいぐらいだし」

 そう、きっと沙原はこう言ってくるだろうと予想していたからだ。
 これで沙原と共有する時間を増やすことができる。

 「やった!あ、じゃあさ、僕なんか手伝うよ!何でも言って」

 「そうだなぁ、それじゃあこれから買い物に行くから帰りに荷物を持つのでも手伝ってもらおうかな」

 「うん、りょうかい!」

 「ありがとう、沙原君」

 ニコリ、と俺お得意の笑みを向ければ沙原もまた嬉しそうに笑みを向けてきた。
 そして俺の腕を掴んでくる。

 「あ、あのね愛都君。あの...今更感もあるんだけど...よかったら僕のこと沙原君とかじゃなくて...下の名前で、呼んでくれたら嬉しいな」

 「弥生君って呼んでってことかな?」

 「う、うん!それか君をとって弥生、とか」

 ぽりぽりと頬を掻きながら遠慮がちにこちらを見てくる沙原。

 ― 今の沙原を見ればあの4人も赤面するんだろうな。あぁ、馬鹿馬鹿しい。

 「うん、わかった...って、言いたいところなんだけど、ごめん。俺、基本的に人の呼称は名字なんだ」

 「...そう、なんだ」

 瞬間、沙原は残念そうに眉を下げ声のトーンを落とした。しかし、すぐに紛らわすかのように“それならしょうがないね”と明るく笑う。
 分かりやすい反応に俺は心の中でほくそ笑んだ。

 「でも、これから一緒に過ごしていって仲が深まったら...そうしたら“弥生”って呼ばせてほしいな」

 ポン、と沙原の肩に手をおき視線を合わせる。

 「...ぁ、もちろんだよ!」

 沙原はまるで花でも咲いたかのような満面の笑顔を作った。それはもう、嬉しそうに。

 「それじゃあ、買出しに行こうか」

 「うん!」

 俺の偽りの姿に一喜一憂する沙原が愉快でしょうがなかった。





prevnext

back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -